【156】本校借り暮らし編⑳ 〜崩れゆく封印〜
バギッ!!
爆裂筋肉の獣と化したエリンが、片手で岩塊を握りつぶす。砕けた石片が床に散らばり、鈍い音を響かせた。
「なっ……!?」
思わず息をのむアーシスたち。
だが、封印の中の魔族だけは、面白そうに笑った。
「おっ……なかなかいいじゃねぇか」
──獣の前に立ち、ガシッ、と拳のナックルを鳴らすキビル=タイガー。
その横にアーシスも並び立ち、ホワイトソードを抜く。
「おっ、なんだ?お前もやるのか?」
「あたりめーだ」
背後では、まだ全快していないトルーパーとナーベを庇うように、シルティが剣を構えている。
「ヴオオォォォォォ!!」
獣の咆哮が石室を震わせる。振動で天井の砂がぱらぱらと落ちた。
次の瞬間、獣は跳躍し、巨岩のような拳を振り下ろす。
「避けろ!」
アーシスとタイガーは左右へ跳んで拳をかわす。
──轟音。獣の拳が石壁を粉砕し、破片が雨のように飛び散った。
「なかなかのパワーだ…な!!」
背後に回ったタイガーが脇腹にナックルを叩き込む。
鈍い衝撃音。獣の体がのけぞり、悲鳴が漏れる。
だが、獣も即座に裏拳を振り抜く。
──瞬間、低く潜ったアーシスの剣が、獣の足首を斬り裂いた。
動きが一瞬止まる。
「ほほっ、やるじゃん」
楽しげに笑ったタイガーは、間髪入れずにストレートを放つ。
しかし、獣は両腕をクロスさせて受け止め、血走った目を光らせた。
「……やば」
「にゃんぴん!」
「んにゃ〜ん」
飛び出したにゃんぴんが、獣の顔面に氷柱を叩き込む。
──ガキィィン!
氷が弾け、獣はのけぞった。
その隙を見逃さず──
「《黒炎剣》──!!」
黒炎を纏ったアーシスの刃が、獣の胸を斜めに切り裂く──黒い炎が焼き走り、肉の焼ける匂いが漂う。
「でかした!」
タイガーの合金ナックルが、蒸気を吐き出して緑色の光を放つ。
「《超電磁ブレイク》ッ!!」
タイガーは踏み込み、獣の傷口へと必殺ブローをぶち込む!
──轟爆。
空気が弾け、傷口から内側が爆ぜるように獣の巨体が後方へ吹き飛んだ。
「やるねっ!」
アーシスとタイガーはにんまりと笑い、ハイタッチを交わす。
ドガァァン!!
吹き飛んだ獣は、部屋の奥──封印の魔族の正面に叩きつけられた。
にや……。
「ラッキィ……」
魔族は口端を吊り上げ、封印の隙間から腕を伸ばす。
獣を掴み、引き寄せると、黒紫の煙が獣を包みこんだ──すると、みるみるうちに獣は干からびたミイラへと縮んでいき、崩れ落ちた。
「獣の、マナを吸収した……?」
ナーベがボソッと呟いた。
パリ……パリ……。
封印の表面に走る亀裂が広がる。
ひび割れ、小さな穴が増え、そこから凄まじいオーラが噴き出した。
「な、なんだ……これは……」
アーシスの手が震える。背筋が凍りつく。
──とてもかなう相手じゃない──
本能がそう告げている。
封印が崩れいく姿を、アーシスたちはただ見守るしかなかった。
隙間から覗く魔族の姿が、少しずつ鮮明になっていく。 角。黒翼。鋭い牙。
魔族はにやりと笑みを浮かべている。
──一同は、"死"を覚悟した……。
封印は崩壊寸前、今にも魔族が外へ出て来そうなその時──、
──ピタッ。
封印の亀裂の拡大が止まった。
「あっ?」
そして、壊れかけた封印の周囲に新たな魔法陣が浮かび上がる。
幾重もの環が回転し、光の鎖となってひび割れを覆い、新たな半球の封印が形成された。
「な、なにぃ…!?あのクソアマ、まだ生きてやがったのか……クソォ!!」
魔族の叫びが、再び封印の中に吸い込まれていく。
──静寂。
石の間に荒い息だけが響く。
力が抜けた一同は、ただ呆然としていた。
──そんな中、ナーベが口を開く。
「……どうやら、新たに封印がなされたようですね」
「な……どうなってんだ?にゃんぴん、なんかわかるか?」
「んにゃ〜、よくわからないにゃ〜」
その時、遠くから声が届いた。
「アーシスー!シルティー!」
聞き慣れた声。アップルだ。
ほどなくして、パブロフを先頭にアップル、マルミィ、ダンバイロン、ディスティニー、そしてレイキュンが駆け込んできた。
彼らの姿に、アーシスたちは安堵し──そして新たな疑問を胸に抱いた。
誰が、この封印を修復したのか──。
(つづく)