表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
156/160

【155】本校借り暮らし編⑲ 〜キビル=タイガー〜


(くそ……こいつに近づかれたらやばい気がする。……けど背中を見せれば──トルーパーに斬られる……!)


 エリンが笑みを細くするたび、足場がきしんだような錯覚がした。背中の傷は熱を帯び、視界の端が白くかすむ。


「ふふ、踊ってもらうよ」

 エリンの目が怪しく光り、空気がぎゅっと縮む。精神魔法の圧がアーシスの額を打った。


「……っ」

 意識が沈む。言葉が遠のく──が、次の瞬間、目の前にやわらかな光輪が展開した。


 すうっと胸の奥が軽くなる──恐る恐る顔を上げたアーシスの瞳は、赤く染まってはいなかった。


「──なんだとぉ!」

 エリンは叫び声をあげる。


「にゃふん〜、そんな魔法、効かないにゃん〜」

 アーシスを包む光の中心には、にゃんぴんの姿があった。


「にゃんぴん……!」


 にゃんぴんはひょこっとアーシスの頭の上に乗ると、前足で空をひと撫でする。

 光輪が重なって二重の結界となり、アーシスの意識に爪を立てた“何か”をそっと押し返した。


 さらに、逆向きに転がり、アーシスの背中へと治癒魔法を飛ばす。

「んにゃ〜ん」


 温い光が背に流れ込む。焼けるようだった傷の熱が引き、呼吸が戻る。


「サンキュー、にゃんぴん!」


「なに……?」

 ──その時、封印の中で退屈そうにあくびをしていた魔族の瞳が、初めて鋭さを帯びた。


「おい、女!!その猫を捕まえてこっちによこせ!!」


「え?」

 エリンが眉を動かす。魔族は穴から覗く片目を細めた。

「いいか女、俺を復活させるには、その猫の中のマナが必要だ!」


「──させるかよ!」

 アーシスが踏み込み、エリンの前に剣を差し入れた。火花。金属が鳴る。


「ちぃっ……。お前ら、こっちに来い!」

 エリンの視線が横へ跳ねる。真紅の瞳のトルーパーとシルティが、糸を引かれるように同時に動いた。


 二人は容赦なくアーシスに斬りかかる。

 刃が二本、音より速く懐へ。


 受ける。受ける。受ける。

 受けるしか、できない。


 反撃の刃は、仲間を裂いてしまう……アーシスは手が出せず、ただひたすら二人の剣を受け止める。


 だが──肩口を浅く裂かれ、脇腹をかすめられ、血の線が増える。剣圧が手首に痺れを残した。


「にゃんぴん、あついらの洗脳、なんとかならないのか!?」

「んにゃ〜、簡単にはいかないにゃ〜」


(くそ……どうすれば……魔族を復活させるわけにはいかない。……だけど、この二人を止めるには本気で斬らないと無理だ……)


 その時、アーシスの頭に、昼間の笑顔──祭を楽しむ人々の姿がよぎる。

(……魔族を、外に出すわけにはいかない!)


 アーシスはそっとまぶたを閉じた。

 息を深く吸い、吐く。

 ──そして、パッと目を開き、呟いた。


「にゃんぴん、黒炎だ……」


 黒炎が剣に宿る。刃が低く唸り、紫黒の燐光が鞘走る。

 ──街の人々を守るため、アーシスは覚悟を決め、剣を強く握りしめた。


 三人は間合いを測る。石室が静まり返った。

 ──しばしの沈黙と緊張。

 

 アーシスは構える剣に力を入れる。

 ……が、


「……くそぉぉぉ、出来ねぇよぉ!」

 刃を下ろし、アーシスは目を閉じて天を仰いだ。


 エリンはにやっと笑い、指示を飛ばす。

「やれ」


 シルティとトルーパーはいっせいに斬りかかる。

 絶体絶命──、そう思ったその時、


 ──ドガァァン!!

 石壁が横から爆裂し、破片の雨が視界を奪った。


「な、なんだぁ!?」


 突然の出来事に一同が混乱している中、砂塵の向こうから、長い脚で瓦礫を跨ぐ男がひとり。


 白いシャツにレザーパンツ。

 脚には重いブーツ。

 目にはゴージャスなプラチナのゴーグル。

 ウェービーな青髪が揺れ、拳には合金のナックルが薄緑に光っている。


「あん?なんだここ」

 男はまわりをキョロキョロと見渡す。


「ん〜、なんか揉めてる?」


 状況を測るように首を傾げた男の背に、トルーパーの刃が迫る。


「危ない!」

 アーシスの声に、男は反射一閃、ナックルで剣を受け止める。


「あん?なんだ、トルーパーじゃねぇか」

 男はトルーパーに気づく──が、トルーパーは反応がない。


「普通じゃねぇな……やれやれ、なんかの術で操られてんのか?」

 トルーパーの真紅の目を見て、男は状況を悟った。


 問答無用で再び斬りかかるトルーパーの剣を素早くかわした男は、

「おい、目を覚ませ!」

 と思いっきりビンタをお見舞いする。


 ドガァッ!!


 トルーパーは顔面から壁に吹き飛ばされ、崩れ落ちて気絶──目を覚ますどころかKOされてしまった。


「あ……(やり過ぎたか……)」


「おい、お前!!」

 背後からエリンの声が飛ぶ。


「ん?」

 振り向いた男とエリンの視線が交差する。女の瞳には黒紫の光。


「くっくっくっ、かかったな……おいお前、あいつを殺せ!」

 すぐさまエリンは男にアーシス抹殺を命じる──が、


「……は?なんで?」

 男の目の色は変わっていなかった。


「な!?……魔法が効いてないだと!?」

「あほか、んなもんにかかるか」


 男は肩を回し、エリンへ歩を進める。拳を軽く握り直す音が、やけに静かに響いた。


「よくもトルーパーをやってくれたな」

(そ、それはお前が……)


 バゴォッ!!

 正面から、一直線。男はナックルストレートを豪快にエリンをぶち込んだ。


 ──空気が潰れる音。女の身体が滑走して床を擦り、石柱に叩きつけられる。


 その瞬間、シルティの瞳から赤が抜けた。

「わ、わたしは何を……」  


「シルティ、大丈夫か!?」

「あ、ああ……」


 シルティの状態を確認すると、アーシスはすぐさまナーベのもとへ。

 壁に沈んでいたナーベを抱き上げると、ポーチから出した回復薬をゆっくりとナーベの口に流し込む。


「……けほっ、けほ」

 咳き込みながら、ナーベは目を覚ました。


「ナーべ、大丈夫か?」

「え、ええ……」

 自分が抱きかかえられていることに気づき、ナーベは頬を染める。


「よかった。……ナーベ、守ってくれてありがとな」

 ほっと息をつきながらアーシスはナーベに笑いかける。


「おーい、誰かこいつも回復してやってくんねーか?」

 倒れているトルーパーの傍らで、青髪の男が呼びかける。


 ナーベが駆け寄り、ヒーリングの光を重ねると、やがてトルーパーは目を開けた。


「……う、うう……」

「よう、目覚めたか?」


 声をかける男を見上げ、トルーパーは驚きの声を上げる。

「タ、タイガー?」

「おうっ」


 アーシスが間に入る。

「助かったよ。あんた名前は?トルーパーとは知り合いなのか?」


「ああ、自己紹介がまだだったな。俺はキビル=タイガー、こいつとは幼馴染だ」

 男が名乗ったその時、背後で瓦礫がガラッ、と音を立てた。


 ゆらり、とエリンが立ち上がる。唇が裂け、血をぺろりと舐める。


「……マジで入れたんだが、意外とタフだな」


「くっ、くっ、くっ……。誰だかわからねぇが邪魔しやがって。もう遊びは終わり、"皆殺し"だ!!」

 狂気に満ちた笑みで叫びをあげたエリンは、袖口から小瓶を引き抜き、注射器を腕へ突き立てた。


 黒紫の液が血に混じる。

 次の瞬間、骨が鳴った。


 バキ、バキ、バキ──。


 鎖骨が隆起し、アバラが広がる。筋線維が黒い蔦のように膨張し、皮膚の下でうごめく。

 服の裾が裂け、背筋を走る血管が闇色に染まった。

 鼻腔を金属臭が刺す。


「な、なんだあれは……」

 アーシスたちの目の前で、華奢な研究者は爆裂筋肉の獣へと姿を変えていく。


 ──封印の中から、魔族が笑った。

「はは……見せてみろよ、人間」


(つづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ