【154】本校借り暮らし編⑱ 〜太古の魔族〜
カツ、カツ、カツ──。
石床を踏む靴音が細長い石室に響く。
一同は、ゆっくりと、一歩ずつ進んでいく。
小部屋の奥──壁に埋め込まれた半球状の魔力の殻に、人型の影が閉じ込められていた。
角をはやした顔、羽根の一部、腕の一部が、ひび割れた封印の隙間から覗いている。
そして、そこから漏れ出す黒紫のマナが、煙のように室内を漂っていた。
「これが……太古の魔族……」
一同は息を呑む。
「……まだ封印は解けていないようですね」
ナーベが低く告げた、その瞬間──
「……人間……また来たか……」
「しゃ、しゃべった!?」
アーシスは思わず後ずさる。
「あん?しゃべるに決まってんだろ……。お前ら、見たことのねぇ服だな……何年経った?」
濁った声。憎悪をはらんだ両眼が穴から覗き込む。
魔族は動こうとするが、封印がそれを封じる。
「……ちっ!忌々しい、あの魔女め……」
ピシッ……。
魔族の放つマナに、封印はわずかに振動する。
「……な、なぁナーベ、この封印、大丈夫なのか?」
不安そうなアーシスに、ナーベは冷静に答える。
「……わかりません。……少なくとも、劣化、損傷はあるようです……」
言葉の直後、封印の穴からモワッと魔族のマナが吹き出した。
ダンジョン全体を蝕むような禍々しい波動。
「どうやら……この魔族のマナが、ダンジョン内で魔物を生み出しているようですね……」
ナーベの目が鋭く細められた。
「と、とにかく、まだ封印は生きてる。……ギルドの助けが来るまで見張ってよう」
そう言いながら、アーシスがみんなの方へと振り返った瞬間──、
──剣閃。
「なっ……!?」
目の前に鋼が走り、アーシスは反射的に剣を抜いた。
キィィン!、火花が散る。
「お、おい!なにしてるんだよ!?」
──斬りかかって来たのは、トルーパーだった。
だが、その瞳は真っ赤に染まり、感情が抜け落ちている。
そして、トルーパーは何も語らず、ただ剣を構え直す。
「トルーパー、やめろ!」
呼びかけも虚しく、剣げきが畳みかける。
キィン、キィン、キィン──!
押し込まれるアーシス。受け止めるのがやっとだった。
すると、苦戦するアーシスの横に、すっとシルティが立ち、そっと剣を抜いた。
「……シルティ、助かる。……でも、殺すなよ」
ゆっくりと歩み寄るトルーパーは、ぐるりと剣をまわし、必殺の構えをとる。
「まじかよ……!」
アーシスはシルティの前に出て、渾身でトルーパーの剣を受け止める。
「今だ、シルティ!」
アーシスの声を受けたシルティは、剣を振りかぶる──だが、シルティはその剣をアーシスに向けて振り下ろす。
「なっ──!?」
その瞬間、部屋の隅。静かに立っていたエリンの口元が、"にやり"と歪む。
アーシスが気づいた時には、もはや防ぐのは間に合わない間合いに入っていた。
──が、
ヴィン!!
ナーベの防御魔法が、間一髪でシルティの剣を受け流した。
「……!?」
エリンの表情が変わる。
「はぁ!?お前、なにやってんだよ!」
怒りの表情に豹変したエリンが叫び、ナーベを蹴り飛ばす。
ドガッ!
壁に叩きつけられるナーベ。
「ナーベ!!」
アーシスが振り向いた刹那、背中をトルーパーに切り裂かれる。
「ぐっ……!」
血が滲む。
アーシスはなんとか踏みとどまり、体制を立て直して剣を構える。
しかし、その隙にナーベはシルティに羽交締めで捉えられてしまう。
──シルティの瞳も、真紅に染まっていた。
「くっ、くっ、くっ……ここまで連れてきてくれてありがとな……」
先ほどまでの明るさは消え失せ、冷酷な笑みを浮かべたエリンが、トルーパーの肩に肘をかける。
「……くそ、どういうことだ。シルティ、トルーパー!?」
アーシスは肩で息をしながら叫び声を上げた。
「……"精神操作"です」
口から血を流しながらナーベが呟く。
エリンはゆっくりとナーベに近づき、ドゴっとボディーブローを叩き込む。
「ふふ……、正解だよぉ、私の得意魔法は精神操作」
そう言うと、エリンは纏っていた白いマントを脱ぎ捨てた。
「!?……そのシンボルは……」
エリンの背中に刻まれていたのは──"魔信教"のシンボル。
「……魔信教……!」
アーシスは歯を食いしばる。
「ふふふ、お前らを生贄に、魔王様の手下であるこの魔族を復活させる!」
エリンは高々に叫び声をあげた。
しかし──、
「あん?なんだお前?」
魔族はしらけた表情でその様子を見ていた。
「さてと、お前も操作させてもらうぞ。くくく……」
エリンは不気味に笑みを浮かべ、アーシスの方へとゆっくり歩き始めた。
(つづく)