【153】本校借り暮らし編⑰ 〜エリン=ハーボット〜
黒のストレートヘアー。
大きめの眼鏡。
白いマント。
ハーフパンツにブーツ。
冒険者らしい装い。
「いや〜……急いで走って来たら、つまづいちゃって……いててて……」
額に大きなたんこぶを作ったその女性は、両手を上げて必死に叫んだ。
「わ、わたしはエリン=ハーボット!考古学専門の冒険者だよ!けっして怪しい者じゃないよ……だから、その剣、しまってくれると嬉しいな〜!」
鳴き声をあげたエリンは、アーシス、シルティ、トルーパーに剣を突きつけられていた。
「……エリンさん、なぜここに?」
アーシスが慎重に問う。
「実は、近くで祭りを楽しんでたら、ゼロズの異変を感じて。で、気になって来てみたら、封印が解けてるじゃん!?こんなの考古学専門としては見過ごせないよ!だって百年以上も閉ざされてた遺跡なんだから!」
興奮したように早口でまくし立てるエリン。その様子に、アーシスたちは顔を見合わせた。
そこへナーベがすっと歩み寄り、エリンの頭にそっと手を置く。
柔らかな光が溢れ、たんこぶが瞬く間に消えていく。
「ありがと〜!」
エリンはぱっと笑顔になり、ひょこっと立ち上った。
「ね、君たち学生だよね?ここまで魔物に出会わなかったけど、もしかして君たちが倒して来たの?」
「……まぁ、たいした魔物じゃなかったから」
「うわ、すご!近頃の学生はやるね〜。でも、学生だけで未知のダンジョンに入るなんて危険だよ?君たちはなんでここにいるの?」
「……ギルドには知らせを出してるんだけど、このまま放っておけば、魔物が王都に出るかもしれないから……食い止めるために入って来たんだ……」
アーシスはにゃんぴんに小魚をあげながら答える。
「……なるほどね。……でも、学生だけじゃやっぱ危険。ここからはプロの冒険者のお姉さんがついていってあげるから、任せなさい!」
エリンは胸をドンと叩いた。
「は、はぁ……」
(おいアーシス、この人弱そうだけど大丈夫?)
(……たしかに。……でもまぁ、しょうがないだろ)
隅でこそこそ話をするシルティとアーシス。
「ちょっと、きみたち〜、なに話してるの〜?」
「い、いや別に、こっちの話」
◇ ◇ ◇
こうしてエリンを加えた一向は、ダンジョン探索を再開。
「《サーチングライト》!」
エリンが杖を掲げると、前方がパッと明るくなった。
「おおっ」
「そこ、トラップあるよ、気をつけて!」
壁の一部が赤く光り、隠された仕掛けが浮かび上がる。
「へぇ、こんな魔法あるんだ、すごいっすね」
アーシスが感心すると、エリンは少し照れる。
「へへ、冒険家の基本だよっ」
しかし次の瞬間、
──ドテッ!
「わぁっ!?」
小石につまずいて派手に転ぶエリン。
(……この人、すごいんだか、すごくないんだか……)
一同の視線が冷ややかに集まる。
──しばらく進むと、前方から強い魔物の気配。
アーシスたちはサッと身構える。
「いるよ、この先……天井だ」
エリンが魔法で照らすと、角の生えた巨大なカエル型の魔物が、天井に張り付いているのが見えた。
──五、六匹はいる。
「……っ、けっこういるね」
エリンは魔道具を出そうとリュックをごそごそと探る──が、エリンを追い越してアーシス、シルティ、トルーパーが同時に飛び出した。
「え、ちょっ……」
「《ブラッディトルネード》!」
驚くエリンをよそに、ナーベが後方から赤霧の竜巻を放つ。
天井の魔物は吹き飛ばされ、地面に落下──そこへ三人の剣士が一斉に斬りつけ、瞬く間に殲滅した。
「……まだたいしたことないな」
「ああ、このくらいなら楽勝だな」
シルティとアーシスは笑顔で剣を収める。
「す、すご……」
エリンはぽかんと口を開けていた。
◇ ◇ ◇
さらにダンジョンの奥。
「はい、そこから来るよー、よろしくー!!」
エリンがサーチ魔法で罠や魔物を察知し、アーシスたちが叩き潰す。自然とその連携が出来上がり、エリンは指揮官のように指示を飛ばしていた。
「なんか俺たちうまく使われてるような……」
「……気にしたら負けだな」
なんだかモヤモヤした気持ちを抱きつつも、一行は地下へ、さらに深く潜っていく。
──そして、地下五階。
一同は、石造りの巨大な扉の前に辿り着いた。
「……あやしいな」
「……ああ」
シルティとアーシスは身構える。
「一応、罠とか仕掛けはなさそうだけどね」
エリンがそう言うと、一同は無言で頷き、ゆっくり扉に手をかける。
ギギギ……。
「……っ!?」
「こ、これは……」
扉がわずかに開いたその瞬間──扉の先から禍々しいオーラが吹き出してきた。
目を細めるシルティに、アーシスがゆっくり答える。
「ああ……、この先に……"いる"」
一同は無言で武器を構える。そして──
「いくぞ……」
トルーパーの号令と共に扉を押し開け、中へと進む。
すると、異様な雰囲気の小部屋の奥──壁から半球状のオーラに閉じ込められた、角をはやした人型の魔物の姿がそこにあった。
「これが……魔族の封印……?」
息を呑む音が、石室に響き渡った。
(つづく)