【151】本校借り暮らし編⑮ 〜ユグレイア大祝祭《夜の部》〜
夜の帳が王都を包むと同時に、街は再び熱を帯びた。
昼の賑わいに勝るとも劣らぬ人々の喧噪、灯籠と篝火が織りなす光景──まるで王都全体がひとつの巨大な舞台となったようだった。
「……すごいな」
アーシスは警備用の腕章を巻きながら、仲間と共に人混みを見下ろす。
彼ら、冒険者育成学校の生徒たちは、この祭の警備補助として各所を巡回する役目を与えられていた。
「こっちも見張りがいがあるってもんだねっ」
アップルが元気よく胸を張る。浴衣から制服に戻ったものの、目の輝きは昼のままだ。
「……はしゃぎすぎて怪我をしないよう、気をつけようね」
マルミィが控えめに声を添える。
シルティは相変わらず屋台の香りに鼻をひくつかせながらも、警備の任務を意識してか、きりっとした表情をしていた。
巡回を進めるうち、頭上に光が走った。
「──あっ!」
夜空に、巨大な花火が咲き誇る。
赤、青、金。王国魔導星団が魔法陣を展開して描いた光の樹や龍が、闇を押しのけるように鮮やかに浮かび上がる。
「わぁ……きれい……」
マルミィが目を細める。
アップルは口を開けたまま見上げ、シルティは無邪気に両手を広げてはしゃぐ。
「ねぇ、アーシス。来年も、みんなで……一緒に見ようよ」
横に立つシルティが、そう言って微笑む。
アーシスの胸に、不思議な温かさが広がった。
──だが。
次の瞬間、アーシスの耳にざわりとした音が届く。
路地の奥、闇に沈む狭い通り。そこに、まるで呼び声のような気配を感じた。
「……?」
気づけば、足が勝手に動いていた。
仲間たちの声が遠くに聞こえる。だがアーシスは抗えなかった。
──細い路地の奥、地下へ続く古びた石段が、口を開けてアーシスを待っていた。
冷たい風が吹き上がる。
背筋を撫でる戦慄と同時に、不思議な既視感に突き動かされる。
「……ここは」
石段を降りた先。広がったのは、長い時を経た地下の石門。
重厚な装飾に囲まれた扉の中央には、黒紫の光を帯びた異様なオーラが脈打つように存在していた。
「……封印、ですね」
後ろからナーベの声。
振り返れば、彼女とシルティがついてきていた。
「ナーベ……シルティ……」
「これは……ダンジョンか?」
シルティが眉をひそめると、にゃんぴんがふわりと浮かび上がった。
「……たぶんそうにゃ〜。かなり古いダンジョンにゃ〜、でもにゃ〜……」
「……ええ、固い封印がされていて、長い間誰も立ち入っていないようですね……」
扉の前に薄く広がる黒紫のオーラに軽く手を触れながら、ナーベが呟いた。
「……古い、封印ね……」
何気なくアーシスも封印に手を当てようとする、と、
「うわっ!?」
アーシスの手は弾かれることなく、スルッと封印をすり抜けた。
「えっ!?」
「アーシス、お前、何したんだ!?」
「いやいや、何もしてないって!」
シルティの突っ込みに慌てるアーシス。
「……こんなことって……」
ナーベも理解が出来ず、戸惑っていた。
そんなナーベを横目でちらっとみつめた後、にゃんぴんは小さくため息をついた。
「ん〜〜、仕方にゃいにゃ」
パチンッ!
にゃんぴんが指を鳴らした瞬間、封印は粉々に飛び散り、石の扉がゴゴゴゴ…と音を立てて開き始めた。
──その時、
「……何をしてるんだ?」
背後から低い声が響く。
「やっほー、アーシスくん!奇遇だね〜」
現れたのは、トルーパーとレイキュンだった。
「……いや〜、たまたまダンジョンを見つけたんだけど、なんか封印が解けちゃったみたいでさ」
アーシスが状況を伝えると、二人は驚愕する。
「……っ!?ここって…"ゼロズ"だよね?」
レイキュンが顔色を変える。
「ああ……王都に点在する、封印されし太古のダンジョン"ゼロズ"のひとつだ……」
トルーパーの声は低く重い
「……ゼロズ?なんで封印されてるんだ?」
「……かつて、王都を襲った魔族を閉じ込め、封印がされたと伝えられている」
「ま、まじか……」
「百年以上前の話だがな……」
「──だが……」
一同は扉の奥の暗闇に目を向ける。
そこから冷気とともに、得体の知れぬ気配が漂っていた。
「ああ……"何かいる"、な……」
「レイキュン……」
「うん、私、ギルドに伝えてくる!」
小走りでレイキュンはその場から立ち去る。
──残された者たちの間に、沈黙が落ちた。
その時、
ジャキ──。
トルーパーが無言で剣を抜き、扉の奥を睨んだ。
「……おい、トルーパー。お前まさか……入る気か?」
アーシスが問いかけるも、トルーパーは黙ったまま扉の奥を睨み続けている。
「……確かに、いつ魔物が出てくるか保証はありませんね……」
ナーベが冷静に呟いた。
「魔物が街に出たら、王都はめちゃくちゃになるな……」
腕を組んでいたシルティも、そっと剣を抜く。
まわりを見回した後、ふーっと大きく息を吐き、アーシスもゆっくりと剣を抜いた。
「……行くしかないな」
封印は解かれた。もう後戻りはできない。
人々を、王都を守るために──、彼らは足を踏み入れる。
伝説に語られる封じられしダンジョン──“ゼロズ”へ。
(つづく)