【150】本校借り暮らし編⑭ 〜ユグレイア大祝祭《昼の部》〜
王都イシュヴァルの大通りは、朝からすでに熱気に包まれていた。
一年に一度の大祭──ユグレイア大祝祭。
家々の窓辺には彩り鮮やかな布飾りが下げられ、街路樹には花のリースが飾られている。
通りの両脇には屋台がずらりと立ち並び、香ばしい匂いや甘い香りが人々を誘っていた。
人混みのざわめきは、まるで大河の奔流。
見上げれば、空には魔導灯籠がふわふわと漂い、昼間だというのに虹色の光を落としていた。
「おお……これはすごいな」
アーシスは思わず感嘆の声を漏らす。
人の波に揉まれる中、彼の隣でアップルが元気いっぱいに両手を広げた。
「わぁぁ〜!見て見てぇ!焼き串に飴細工、あっちには大鍋のスープ!こっちには射的屋さんまで!」
「おいおい、まだ入口に来ただけだぞ……」
アーシスが額に手を当てるも、アップルはすでに視線を屋台へロックオンしていた。
「アーシス、あそこ!」
シルティが両手に串焼きを持ちながら、りんご飴の屋台を指差す。
その頬にはもうすでに二つ目の焼き串の痕跡が……。
「おい……いつの間にそんなに食べたんだ……」
「いいから、りんご飴買ってきて!もぐっ」
「はいはい……」
彼がため息をついていると、後ろから小さな声がした。
「……あの、その……似合ってますか?」
振り返ると、そこには浴衣姿のマルミィ。
淡い薄紫の浴衣に小花柄の帯。普段のローブ姿とは打って変わって、どこか儚げで、けれどとても似合っていた。
「おお……いいじゃん」
アーシスが素直にそう言うと、マルミィは顔を真っ赤にして両手で袖をぎゅっと握った。
「〜〜っ……ありがとうございます……」
もじもじと視線を落とす彼女に、アーシスの心臓が妙に早鐘を打つ。
「ほらほら、そんなことより!射的だよ射的!」
場をかき消すようにアップルが屋台へ走っていった。
店主から木製の銃を受け取ると、狙いを定め──パンッ!と見事に的を撃ち抜く。
「やったぁ!一発で当たり!」
「おぉ、すごいな……」
「まだまだいくよっ!」
その後も次々と景品を撃ち落とし、店主が苦笑いするほどの無双ぶり。景品のぬいぐるみや駄菓子がアップルの腕に山積みされていった。
「アップル……後で持ちきれなくなるぞ」
「えへへ、アーシスが手伝ってくれるよね?」
「……お前なぁ」
そんなわちゃわちゃを繰り返しながら、彼らは屋台街道を一通り楽しんだ。
──そして。
「ねぇ! そろそろ始まるみたいだよ!」
アップルの声に、一行は顔を見合わせた。
そう、今日の昼の部の目玉──**虹光遊戯**が始まろうとしていたのだ。
◇ ◇ ◇
王都の中心、ルミナス広場。
世界一美しいと称されるその場所に、すでに人々がぎっしりと集まっていた。
中央の大噴水「ルミナスの泉」が淡く輝き、王国魔導星団の魔導士たちが詠唱を始める。
荘厳な声が響き渡り──次の瞬間、泉から色とりどりの光球が噴き上がった。
「わぁぁぁぁっ!」
人々が歓声をあげる。
虹色の魔導ボールが宙を舞い、街中へ飛び散っていく。
やがて人々がそれを手に取り、互いに投げ合い始めた。
「よし、俺も……うわっ!?」
アーシスの顔に、シルティが放ったボールが直撃──、ぱぁんっと小さな虹色の花火が弾け、彼の髪と服に粉が降り注いだ。
「アーシス、似合ってるよ! 虹色の猿みたい!」
「誰が猿だ!」
反撃に転じるアーシス。
しかし狙ったはずのボールは見事に外れ、代わりに──
「きゃあっ!? や、やめてください〜!」
マルミィに命中。浴衣に虹色の粉が広がり、彼女は顔を覆ってしゃがみこんだ。
「ご、ごめんマルミィ! わざとじゃ……!」
「うぅ……もう……」
彼女の浴衣姿に、虹の彩りが加わって──思わず見惚れてしまうアーシス。
「隙ありぃぃ!!」
「どわぁっ!」
横からアップルの連続狙撃が襲い、アーシスは全身カラフルな姿に。
「……これは、なかなか……」
静かに見守っていたディスティニーにも、ふいにボールが当たり、白銀の髪が虹色に染まる。
彼女はわずかに微笑んで言った。
「悪くありませんね……」
笑い声と歓声。町全体が色の奔流に包まれる。
──そして鐘が鳴り響いた。
ルミナス広場の大鐘の音に、遊戯は終了。
王国魔導星団のエアーホバーボートが頭上を通り抜け、魔法のシャワーが虹色の粉を洗い流していく。
残ったのは、ほんのり光沢を帯びた「祝福の輝き」。
「ふぅ……すごい祭りだな」
アーシスは息をつきながら仲間の笑顔を見回す。
虹色に染まった仲間たちの笑顔は、眩しいほどに輝いていた。
「夜は、警備の任務が待ってるんだよね」
アップルがそっと口にする。
「ああ……」
アーシスは空を見上げた。魔導灯籠が舞い、再び広場に人々の笑い声が響く。
「こうして笑える時間があるなら、俺たちは守り抜かないとな」
その言葉に、仲間たちはうなずき合った。
やがて夜の帳が下りる。
賑やかな昼の部の余韻を残しつつ──ユグレイア大祝祭は、次なる幕を開けようとしていた。
(つづく)