【149】本校借り暮らし編⑬ 〜放課後の洗濯ハプニング〜
夕方。
傾きかけた陽射しが、借り暮らし先の庭に柔らかな朱を落としていた。
洗濯当番のアーシスとナーベは、洗濯かごを片手に渡り廊下を歩いていく。
「おっ、そろそろ乾いてる頃かな……よし」
中庭の物干し台に並んだ男子生徒の洗濯物を見て、アーシスが呟いた。
「……それでは、私はあちらですので」
「ああ、また後でなっ」
壁の向こう、女子生徒用の物干し場へとナーベは消えていく。
今日は授業後に全員で自主訓練をしたため、洗濯物の量はいつもより多い。
アーシスは袖をまくり、ひとつひとつ丁寧に洗濯物を取り込んでいく。
小さな花が揺れる庭の空気は心地良く、時折聞こえる鳥のさえずりをBGMにしながら、淡々と作業を進めていく。
「ふふ〜ん♪」
その後ろから鼻歌まじりに現れたのはアップル。
どうやらおやつ当番の後片付けが終わったらしく、嬉しそうに洗濯かごを抱えている。
「アーシスさん♪取り込み、手伝いますね」
「あ、ありがとう。助かるよ」
並んで作業を始めた二人を、室内からシルティとマルミィが何気なく見ていた。……が、その視線には妙な火花が散っていた。
「(むぅ……なんでアップルだけ楽しそうなのよ……)」
「(アーシスくんのお手伝い、私が先に言おうと思ってたのに……)」
案の定、恋の火種がじわりと増幅していく。──その時だった。
──ビュオッ!!
「きゃっ!」
突然、強い風が庭を横切る。
次の瞬間、上空から大量の何かが飛んできた。
「おわっ!?」
アーシスの頭の上にそのひとつが落ちる。
「……なんだこれ?」
手に取って広げると……それはスカートだった。
「……!?わ、わたしの……っ」
顔を真っ赤にして叫んだのはシルティ。
「どうやら女子の方から飛んできたみたいね」
地面に散らばった洗濯物を拾いながらアップルが言う。
「あちゃ〜、あそこはわたしじゃ無理か……」
木の枝に引っかかった洗濯物を見上げて、アップルがため息をついた瞬間。
「任せろっ!」
アーシスが勢いよく跳び上がり、見事キャッチ。
──その時、
「すみません、突風で洗濯物が飛ばされてしまって……」
ナーベが小走りで駆けてきた。
「ああナーベ、ちょうど回収してたとこだよっ」
アーシスはキャッチした洗濯物を笑顔で掲げた。
すると、ナーベの顔が真っ赤になる。
「ん?どーしたナーベ?」
アーシスが首を傾げると、アップルが慌てた様子で叫んだ。
「ちょっと、それ下着じゃない!」
手元を見ると、掴んでいたのは淡いピンク色をしたシルクのパンティだった。
「わ、わわわわっ!」
アーシスは慌てて取り落としそうになる。
「そ、それ……わ、私の……」
ナーベが真っ赤になって小声で告げる。
「ご、ごめん!」
慌てて下着を返すアーシス。手のひらまで熱い。
「ふふ……、にぎやかですねぇ」
そこへ、白銀の髪を揺らすディスティニーが現れた。
「はい、これ。そこに落ちてましたよ」
ディスティニーはナーベの前を通り過ぎ、アーシスに魔導ローブを手渡す。
「サンキュー、ディスティニー」
「……」
自然に交わす二人のやり取りに、ナーベは複雑そうな表情を浮かべた。
室内から覗くシルティとマルミィも同じように眉をひそめる。
「(あの二人、いつの間にあんなに仲良く……)」
「(アーシスくん……意外と手が早いです……)」
ざわめく視線。
「うふふ、またゲームやりましょうねっ。それじゃあわたしはこれで……」
ディスティニーが笑顔を残し、くるりと振り返った瞬間──スカートが枝に引っかかり、ずるりとずれ落ちる。
「きゃっ!」
下着がちらりと覗いた刹那──アーシスは豪快に鼻血を吹き出し、後ろへ倒れ込んだ。
「アーシスさんっ!?」
「うそでしょ!」
ばたん、と庭に響く音。
──その様子を二階のベランダで見ていたパブロフが、魔導タバコをふかしながら夕焼け空を見上げてぽつり。
「……青春だなぁ」
借り暮らしの放課後は、今日も賑やかに幕を閉じる。
(つづく)