【148】本校借り暮らし編⑫ 〜朝霧と薔薇〜
朝靄の残るグラウンドには、既に各科の生徒たちが集まり始めていた。
軽く肩を回しながら集合場所へと向かって歩いていたアーシスの視界の端に、ふと見覚えのある白銀の髪が映り込む。
(……ディスティニー?)
旧校舎の裏庭側。
誰もいないはずの中庭で、ディスティニーはひとり杖を構え、静かに魔力制御の訓練をしていた。
その姿は、昨日までの“ふわふわした少女”とは違い、驚くほど静かで、凛としていて──まるで別人のように見えた。
アーシスは思わず足を止める。
「…………」
小さく両手を動かすと、杖の先に小さな魔力の火球が灯る。
指を鳴らすような動作でそれを複数に分割し、空中で花のように展開。
風の流れまで計算しながら、一つとして揺らぐことなく魔力を保持している。
(おぉ……すごい)
見惚れていたその時、ディスティニーはふっとこちらを振り向いた。
「──おはようございます、アーシスさん」
朝の陽光を背に、いつもの柔らかな笑みを浮かべる。
「あ……おはよ」
自分を見つめていたことを悟られた気がして、アーシスは少しだけ目をそらす。
「早いですね。今日もアスレチック頑張ってくださいねっ」「お、おう。……あのさ、昨日はありがとうな。上着……」
「うふふ、どういたしまして」
ディスティニーはくるりと杖を回し、再び魔力球を浮かべはじめた。
その後ろ姿を見ながら、アーシスは胸の奥に小さな熱を覚える。
(……すごいやつは、それだけ努力もしてるんだよな。……負けられないぜ)
言葉には出来ない感情が、胸の中に小さく芽吹いていく。
──そんな二人を、遠くから見つめている人影があった。
旧校舎の外階段。
授業前の魔導準備を終えたナーベは、無言のまま二人を見下ろしていた。
アーシスの視線の先。
そしてディスティニーの微笑。
胸の奥が、すっと僅かにざわめいた。
(……)
何かを考えるように瞳を伏せると、ナーベはゆっくりと背を向けた。
そのまま静かに階段を降りていく姿を、誰も気づかなかった。
(つづく)