【146】本校借り暮らし編⑩ 〜ダークデンジャー、再び〜
校庭は、剣士科生徒による《魔導式ドッジボール》の試合で賑わっていた。
炸裂音と男子たちの雄叫びが空にこだまし、時折、魔力球が鉄柱にぶつかって火花を散らす。
一方、その喧噪から少し離れた中庭。
花壇に囲まれた木陰のベンチでは、魔法科のディスティニーとマルミィがひと足早く授業を終え、並んでソフトクリームを食べていた。
「……あっ。おいしい……」
一口だけ舐めたマルミィが思わず小さく声を漏らす。
「ふふ、本校のソフトクリーム、安くて美味しいって評判なんですよっ。遅いと売り切れちゃいますから」
「あ、それで授業を早めに切り上げさせたんだ……」
「うふふ……ぺろっ」
ディスティニーは嬉しそうにぺろりとひと口。
「それにしても、マルミィさんすごいですよねぇ。あの魔力量」
「そ、そんな……わたしなんて、それくらいしか取り柄はなくて……。ディスティニーさんに比べたら全然」
「え~、どうかなぁ」
ディスティニーは空を見上げ、ソフトクリームをもう一度静かに舐めた。
その横顔を見つめながら、マルミィはふと疑問を胸に抱く。
「……あの、顔に何かついてます?」
ディスティニーは首を傾げる。
「い、いえ、そうじゃなくて……その……どうして王立魔法学校に行かなかったのかな、って……」
ディスティニーの頬に付いているソフトクリームには触れず、マルミィは疑問を素直に口にした。
「え?」
ディスティニーは目を丸くする。
「だって、お家から遠いので」
「えっ?」
「えっ?」
キーンコーンカーンコーン。
二人はソフトクリームを片手に、無言で顔を見合わせたまま、チャイムの音を聞いていた。
◇ ◇ ◇
──放課後。
本校前の王都ストリートには、分校生・本校生たちのにぎやかな声があふれていた。
分校の連中に、王都名物ダルチーズポテトフライを食べさせてやろう!という企画が上がり、多くの生徒が街へと繰り出していたのだ。
「──あれ、みんなどこ行った?」
アーシスは路地の真ん中にぽつんと立っていた。
少しだけ武器屋を覗くつもりが、ついつい夢中になってしまい……気づけば、迷子。
入り込んだ裏通りを一つひとつ戻りながら、仲間の姿を探す。
そして、角を曲がった先──テラス付きの小洒落たカフェが目に入る。
そこには、見覚えのあるフルプレートアーマーの戦士が、トロピカルジュースを片手に悠然と腰掛けていた──そう、ダークデンジャーだ。
──ガチャ。
デンジャーはフルフェイスヘルムの隙間から、長いストローをすっと差し込むと、ズズズズズズズズズッ!!──と一気にジュースを飲み干した。
「ぷはぁっ! 生き返るぅっ!」
兜の奥から、爽快な機械声が溢れ出る。
「………やっぱり暑いんですね、その装備」
思わず口に出してしまったアーシス。
「ん?お前は……お前じゃないか」
「……アーシスです」
デンジャーは、鋭い視線でアーシスをじろっと見回し、にやりと笑う。
「な、なんですか?」
「ん〜〜、だいぶ強くなったみたいだね。……ちょっと稽古付けてあげようか」
「えっ?」
◇ ◇ ◇
人気のない路地裏の空き地。
夕陽の赤に染まる中、金属がぶつかる鋭い音が鳴り響く。
「ハッ、ハッ……!」
(あんな重そうな鎧を付けてるのに、なんてスピードだ……)
アーシスの剣はことごとく弾かれ、かわされ、一撃も通らない。息が切れ、腕が震える。
それでももがくアーシスに対し、デンジャーは剣を下ろして淡々と告げた。
「ん〜、君はよく鍛えてる。……でも、"特性"を活かそうとはしていないな?」
「え?」
アーシスも剣を下ろし、デンジャーの話に耳を傾ける。
「人より抜きん出て強くなるには、"特性"が不可欠。君にもあったよね?──斬剣祭で見せた"特性"が」
「!?」
アーシスの頭に黒紫のマナとにゃんぴんの姿が浮かんだ。
「なぜか君からは、"特性を使うのは避けたい"、という意志を感じちゃうけど、逆じゃない?」
(……俺は、それに触れないようにしてきた……?)
アーシスは戸惑いを見せる。
「少なくとも今のままじゃ、その先には行けないよ」
──その時、二人の後ろから声が聞こえた。
「……師匠、なにしてるんですか?」
その声に、デンジャーはギクッと反応する。
声の主はトルーパーだった。
「いや別に、たまたま会ったからさ、ちょっと稽古つけてやったってわ〜け……」
空の口笛を吹きながらデンジャーは気まずそうに答えた。
「師匠!?、お前、師匠って言ったよな?えー、お前、この人の弟子だったのか!?」
盛大に驚くアーシス。そして、
「……どうりで強いわけだ……」
アーシスはデンジャーの強さに妙に納得した。
「アーシス……、こんな所にいたのか」
「わりぃ、はぐれちゃってさ……」
二人が会話している間に、そ〜〜っとその場を離れようとしているデンジャーに、トルーパーがそっと語りかける。
「……また勝手なことしてますね?総帥に報告しますよ」
「いやいやいや、してないしてない、何もしてないよ!」
これまた盛大にビクつくデンジャー。
そして、
「ふっ、少年たちよ、大志を抱け!アデュー!」
と叫びながら、風のように姿を消したのであった。
──アーシスは、背中のポーチで眠るにゃんぴんのことを考え黙り込む。
「……どうかしたのか」
「あ、いや、わりぃ。行こう」
今はまだどうするべきか答えは出せない。
だが、デンジャーの言葉はアーシスの胸に深く刻まれたのだった。
(つづく)