【145】本校借り暮らし編⑨ 〜ディスティニー=ローズ〜
晴れ渡る青空の下。
冒険者育成学校イシュヴァル本校──その広大なグラウンドに設置された特製魔導アスレチックスでは、剣士科の生徒たちが息を荒げながら訓練に励んでいた。
人の動きを感知して姿を変える“魔導式アスレチック”。
挑戦者に応じて障害物を変形させ、物理攻撃や魔法攻撃、トラップまでも繰り出してくる高難易度の修練装置だ。
「ほっ、よ、とうっ!」
軽やかな掛け声と共に駆け出したのはアーシス。
高速回転する棍棒を軽やかなステップで回避し、水蒸気ゾーンの落雷を木刀で弾き返すと、そのまま助走をつけ、大うんていへダイブ──、そこに左右から鉄球が打ち込まれる。
「うおっと!」
足を上げて鉄球をかわしたアーシスは、うんていのバーを足で絡め取り、その反動で一気に弾みをつけて大きく飛び上がる。
「あ、そこは……」
順番待ちをしていたルールーが、思わず声をあげる。
次の瞬間──、着地予定の床が突如変形、巨大な穴へと変わる。
「えっ!?うわぁぁぁ」
ドボォーーン!!
アーシスは情けない悲鳴と共に穴に落ち、床下の巨大な水槽へ沈んでいった。
「はーっ、はっ、はっ!!びしょ濡れだなアーシス!」
腹を抱えてバカにするのはグリーピー──しかしすぐさま後ろのシルティが突っ込みを入れる。
「トラップが来る前につまずいてすっ転んだお前よりましだろ……」
どっ、と笑いが弾ける。
初日の合同授業をきっかけに、本校・分校の生徒たちはすっかり打ち解けていた。
◇ ◇ ◇
「へーっくしょ!」
上着を脱いだアーシスは、豪快にくしゃみをしながら雑巾を絞るように上着を絞っていた。
「くそー、次は絶対クリアしてやるぜ」
次々にアスレチックスに挑む生徒たちに目を向けていると、ボッ、という音とともにアーシスの前に火の玉が出現。
「ん?」
アーシスが気付くと同時に、上着が空中に浮き上がり、くるくると火の玉の周囲を回転しはじめた。
「……な!?」
驚くアーシスの前に、白銀の髪を揺らす一人の美少女が現れた──ディスティニーである。
(……この子は、あの時の魔導士……)
「はい、乾きましたよっ」
「……お、ありがとう」
「ふふ、豪快に落ちてましたねっ」
上着を着ながら顔を赤くするアーシス。
「わたし、アスレチックスを見るのが好きなんです。ほら……」
ディスティニーはアーシスに、自分の魔導スマホの画面を見せる。
「うふふ、スマホでもやってるんです」
「──あっ!これ、"スーパーマルオアスレチックス2"じゃん!!」
スマホを覗き込んだアーシスが思わず声をあげた。
「あら、知ってるんです?」
「知ってるも何も、オレのバイブルと言っても過言ではないぜ!」
アーシスは興奮しながら自身のスマホを取り出し、ゲーム画面をディスティニーに見せた。
「ふふ、せっかくだから通信プレイ、します?」
「お!いいね!二人プレイじゃないと行けないルートがあったんだよなー」
「海底火山ですね」
「そーそー!詳しいなお前!」
「あら、キャラはブーブーなんです?」
「ああ、なんかこの猿憎めなくてさ」
「ふふ……」
と、盛り上がりを見せていた時、二人のそばに大きな影が忍び寄り──、ゴツンッ!!
背後から飛んできたダンバイロンのダブルゲンコツが、見事に二人の頭に落ちた。
「何をやってるんだ貴様らは!!今は授業中だろうが!!」
「す、すんません〜」
「ディスティニー、貴様は魔法科だろ!魔法科は体育館だぞ!!」
「あ〜、そうでしたぁ〜……」
(じゃあアーシスくん、またねっ)
ディスティニーはぺこりと頭を下げながらこっそりウインクすると、そそくさとその場から立ち去っていった。
──その背中を、アーシスはそっと見送っていた。
(ディスティニー、か……)
◇ ◇ ◇
一方、体育館では魔法科生徒たちが合同授業を行っていた。
二人一組となり、魔力制御を鍛える基礎訓練──魔力風船トレーニングだ。
一人が魔力の風船を作り、もう一人がその風船に魔力を流し込むだけの単純な訓練。
──だが、互いの魔力の“揺らぎ”を感じながら調整する必要があり、実は難易度が高い。
パチンッ!
「きゃっ!」
レイキュンと組んでいたマルミィの魔力風船があっさり破裂した。
「ご、ごめんなさい!私……魔力制御が苦手で……っ」
「わ、わわっ、大丈夫! 大丈夫だよマルミィちゃん!」
しゅんと肩を落とすマルミィ。
その様子をナーベは遠目に見ていた。
(……違う。あの子の魔力量が凄すぎるだけ……)
しばらくして組み替えが行われるが、マルミィはすっかり萎縮して体育座りをしてしまっていた。
そこへ、静かに歩み寄る影。
「……よければ、私とやりませんか?」
差し出された手はナーベのものだった。
「ナ、ナーベちゃん。でも私……」
「大丈夫、うまくやりますから」
ナーベが微かに微笑むと、マルミィは嬉しそうに頷いた。
(……さて、そうは言ったものの、私で対応できるかどうか……。今のうちに、力量を測っておくか……)
「……いきますよ」
ナーベは慎重に風船を生成、そこにそっとマルミィが魔力を流し込む。
「!!」
(っ……す、すごい。この圧……!)
ナーベは汗を流しながらそっと呟いた。
「……まだ、いけます。来てください」
心配そうに頷きながら、マルミィは少しずつ魔力を強める。
風船はみるみる膨らみ、周囲の生徒たちがざわつき始める。
「あの二人、すごい……」
「魔力もすごいけど、制御するのもやばいよ……」
「ナーベちゃん、そ、そろそろ抑えた方が……」
「いえ、まだ来てください!」
汗を滲ませながら、ナーベは風船を制御し続けた。
しかし、徐々に風船は揺らぎはじめる。
(……だ、だめか……)
ナーベが諦めかけると、風船の揺らぎが一気に大きくなる。そして──
バァァン!!
二人の風船ははぜた──だがその瞬間、別の風船が現れ、はぜた風船をそのまま包み込んだ。
「ディスティニー!?」
レイキュンが声をあげた。
現れたのは頭にたんこぶをつくったディスティニー。
ナーベの代わりに魔力を掌握し、柔らかな笑みを浮かべる。
「あなた、まだ行けますよね?」
ディスティニーはにこっと微笑んだ。
「……は、はい」
「どうぞっ」
マルミィは言われるがままに魔力を込めていく。風船は天井に届くほど膨張するが、揺らぐことはなく安定を保っている。
(この人、やっぱりすごい……)
「おいおい……こんな風船見たことないぞ。どっちかが制御をミスったら、体育館が吹き飛ぶぞ!?」
担当の女教師ミネルティーヤの声が裏返る。
「ふふ、あなたすごい魔力量ですね。まるで、課金してるみたいです」
「あ、ありがとうございます……(課金?)」
「せ、先生、大丈夫なんでしょうか?」
「このままで爆発したら、死人が出ません……?」
「……だ、大丈夫だ(と言うか、私にはもはやどうもできん!)」
腕を組んで強がるミネルティーヤ、ざわつく生徒たち。
「さて、そろそろ終わりにしましょうか〜」
ディスティニーは片手で制御を束ね、もう片方の手をゆっくり掲げた。
「《ブラック・アブホール》!」
空間が歪み、小さな闇の球が出現。
そして──凄まじい吸引力で魔力風船を一気に吸い込み、闇は“コッ”と破裂音を立てて消失した。
──体育館に、静寂が落ちる。
(この二人……すでに規格外レベル……)
湿った額を拭いながら、ナーベは二人を見つめて呟いた。
「せんせっ、お腹すいたので授業終わりでいいですかっ?」
「……う、うん」
ディスティニーの言葉に、ミネルティーヤは頷くしかなかったのであった。
(つづく)