【144】本校借り暮らし編⑧ 〜夜の旧校舎にて〜
旧校舎の共有スペースは、古びた木のはりと石壁に囲まれ、ほの暗い空間だった。
明かりは天井から吊るされた数本のロウソクだけ。炎の揺らぎが壁の影を伸び縮みさせ、何かが潜んでいるような錯覚を与える。
「……おい、お前ら知ってるか?」
グリーピーが妙に声を低くして切り出した。
「この旧校舎、夜になると──動物の霊が出るらしいぜ」
「ひっ!」
真っ先に声を上げたのはナスケだった。椅子の背もたれに半分よじ登る勢いでビビっている。
そして──近くで同じようにビクッと肩を震わせている赤髪がひとつ。シルティだ。
「アホらし、んなもん出るわけねーだろ」
「だいたい、ここに来るの初めてなのに、なんでそんな話知ってんだよ?」
「うさんくさっ」
他の生徒たちは鼻で笑い、冷ややかな視線を送る。
「んぐっ……」
グリーピーは反論できず、頬を引きつらせた。
「おーいみんな、トランピやろーぜ!」
アーシスが場を切り替えるように声を上げた。
こうして、エピック・リンクを中心にカードゲーム大会が始まった。
ルールは魔王抜き。
しかし──アーシスはカードを引くたびに顔がわかりやすく動き、「あっ、こいつ魔王持ってるな」という空気を漏らす天才だった。
結果、負けが続く。
「にゃふふ〜、また負けたにゃ〜」
「うるせぇ!」
にゃんぴんの煽りに、アーシスがむきになる。
そんな中、シルティはもぞもぞと落ち着かない。
視線を泳がせ、何度も座り直している。
「どーしたの、シルティ?トイレ?」
マルミィが首を傾げる。
「もしかして……怖くて一人で行けないとか?一緒に行ったげようか?」
アップルも心配そうに身を乗り出す。が、
「バカ言え!シルティがあんな話にビビるわけないだろ、なぁ、シルティ?」
アーシスの一言で、シルティは一緒に行ってとは言えなくなってしまう。
「……あ、当たり前だ。一人で行ってくる!」
◇ ◇ ◇
廊下を歩き、なんとかトイレまでたどり着いたシルティは、用を足すと「ふーっ」と小さく息をついた。(ほら見ろ……オバケなんか出ないじゃないか)
気を取り直してトイレを後にするシルティ。──だが、帰り道、シルティは曲がり角をひとつ間違えた。
「……あれ?」
どこかで見たはずの廊下が、微妙に違う。
──そして、消灯時間。
パチン、と音がして、全ての明かりが落ちた。
「ひっ……」
闇が一気に押し寄せる。
ささささ──。
廊下の奥で何かが動く音。
シルティは反射的に柱の影にしゃがみ込み、涙目で震えた。
(な、なんかいる……!)
足音がゆっくりと近づいてくる。
心臓が喉から飛び出しそうになった、その時──
ひょこんっ。
足音の正体は、小さな猫──
「こんなとこで、何やってんだ?」
「ア、アーシス!」
目の前に立っていたのは、ランタンを片手にしたアーシスと、のほほん顔のにゃんぴんだった。
「ん、お前?」
アーシスはシルティの潤んだ瞳に目を向けた。
「……べ、別に泣いてなんかないからなっ!」
必死に強がるシルティ。
「はは〜ん、さてはお前……わっ!!」
「きゃっ!」
不意に驚かされて、シルティは跳び上がる。
「ははははは、意外だな、シルティが怖いの苦手なんて」
「う、うるさいっ」
「ごめんごめん、でも心配したぜ。全然戻ってこないからさ。無事でよかったよ」
アーシスはそう言って、軽くシルティの頭をポンと叩いた。
シルティの頬が、ほんのり赤く染まる。
「さ、みんなのとこに戻ろうぜ」
「……うん」
帰り道、にゃんぴんはご機嫌で鼻歌を歌う。
「ふんふふ〜ん♪迷子シルティにゃ〜♪」
「言うなーっ!!」
鉄拳が炸裂し、廊下ににゃんぴんの悲鳴が響いた。
こうして、"夜中に旧校舎でネコの悲鳴が聞こえる"という都市伝説が生まれたのであった。
(つづく)