【142】本校借り暮らし編⑥ 〜討伐課題:チームA vs 黒鉄魔獣ヴォルクス・ブライト〜
冒険者育成学校──イシュヴァル本校が誇る広大な演習フィールド。
その外周を囲む巨大な壁の上では、本校・分校の生徒たちがずらりと並び、観客席からざわめきが沸き上がっていた。
「……けっこう、早かったよな」
「ああ……ツーフェイスリザードって、かなり手強いのに」「アップルとシルティ、やっぱすげぇな」
一方、少し離れた位置でモニターを見つめていたパブロフは、ふっと肩をすくめた。
「……まぁ、アレで勝てたのは奇跡だな。運と火力ってやつか」
モニターに映るのは、その場にへたり込んで放心状態のポメラニアン。
汗を拭いながらキメ顔を作っているチャーシュー。
そして、アップルとシルティは背中合わせに立ち、互いの呼吸を整えながら静かに──拳を合わせていた。
「でもまあ──最後のあれは格好良かったわね」
観客席で、ミーニィがポツリと呟いた。
ドムスがふんと鼻を鳴らす。
◇ ◇ ◇
「やったなシルティ、アップル!」
「お疲れ様っ」
転送陣から戻った二人に、アーシスとマルミィが駆け寄った。
「……なんとかな」
シルティは軽く笑みを浮かべ、アーシスとハイタッチを交わす。
「疲れたぁぁぁぁ」
アップルは大きく息を吐き、へたり込みながら肩を回す。「やっぱ、連携って大事だよねぇ……エピック・リンクがいかに快適かわかったよ〜」
「ははっ、でも二人であのトカゲを仕留めちゃうなんて、流石だな」
「ふっ、成長してるのはお前だけじゃないぞ、アーシス」
四人の間にはいつもの空気が流れ、自然と笑みがこぼれる。
──そして、
「さぁ、次のチームの番だ!!」
ダンバイロンの声が魔導スピーカーから響き、演習フィールドが再び唸りを上げて変形を始めた。
森林の奥がせり上がり、瓦礫と蔦に覆われた古城跡が姿を現す。
その闇の奥から、ゴゴゴ……と地鳴りが響き──巨大な影が迫り出てきた。
角の生えた漆黒の獣。
斧のように鋭い前肢。
燃えるような赤い両眼。
そして鉄球のように膨れ上がった尻尾が地面を叩き、火花を散らす。
「……なんだ、あの化け物」
「次はあれか……ヤバそうだな」
生徒たちのざわめきが一気に熱を帯びる。
「新種か……?」
「見たことねぇぞ……」
「《黒鉄魔獣ヴォルクス・ブライト》……。獰猛かつ執念深い魔鋼獣系モンスター……A級危険種だよ……」
マルメガネの生徒が、声を震わせながら解説した。
(うん、いつも解説ありがとう。モンスター博士くん)
アーシスは無言で頷いた。
「それではチームを決めるぞ──回れ!運命のスロット!」
ダンバイロンがいつものように魔導モニターを指差すと、スロットが高速回転を始める──そして、
ピ、ピ、ピ、ピ……
ピー!!
表示されたのは──《チームA》。
アーシスの表情が、瞬時に戦士のそれへと変わった。
「へへ、待ちわびたぜ」
◇ ◇ ◇
「ついに俺たちの番だな!!作戦はどうする!?」
チームAの元に戻ったアーシスは興奮気味に話しかける──が、トルーパーはいつも通りの無表情のまま低く呟いた。
「……作戦など必要ない。斬るだけだ」
その言葉に、ナーベの冷ややかな視線が突き刺さる。
「……この課題は、チームの連携がいかに大切かを理解させるためのもの。いくら実力があっても、独断専行は許されません」
──わずかな緊張が走る。
「あ〜、ごめんごめん、ナーベちゃん。こいつ、頭使うの苦手で作戦とか考えられないだけだから〜、わたしがカバーするからうまくやろっ」
レイキュンが軽く笑って、トルーパーの脇腹に肘を入れる。
「……まぁいいよナーベ、俺もトルーパーも、斬るしか出来ない人間ってことだ──その代わり、斬ることでは誰にも負けない……そうだろ?」
「……当然だ」
アーシスとトルーパーの視線がぶつかり、火花が散る。
「……だから、俺たちのサポートは二人に任せるよ。これがチームAの形ってやつだ」
「……了解しました」
ナーベは静かに頷いた。
「よっしゃ、そんじゃあチームA、一位を取りに行くぞ!」
アーシスの掛け声とともに、光の転送陣が足元を包み込む。
次の瞬間、彼らは黒鉄魔獣の待つ戦場へと送り出された。
◇ ◇ ◇
「──よっ、と」
光の転送陣が消えた森の中、アーシスは枝の上から軽やかに飛び降り、ふわりと地面に着地した。
「まずは敵を探さないとな……」
「たしか、古城らへんにいたよね?」
アーシスとレイキュンは辺りを見回すが、背の高い木々が視界を遮り、遠くはほとんど見えない。
「……」
トルーパーは無言で空を見上げる……と、
──むぎゅ〜。
レイキュンがトルーパーの頬を引っ張り、目を細めて呟く。
「また難しい顔して〜、どーせなんも考えてないくせに〜」
「……」
トルーパーはなすがままに頬を弄ばれている。
そんな中、ナーベがすっと壺を掲げた。
「……索敵します」
「えっ?」
「……《MMアイズ》」
ナーベか魔力を込めると、壺から細い光線が走り、空間を高速で一周する。
「こんな広い範囲、サーチできるのか!?」
「ええ、これくらいの範囲ならなんとか」
「やっぱすごいな、ナーベは」
驚き感心するアーシスの言葉に、ナーベはわずかに頬を染める。その時、
──ピク。
微かに眉が動くと、ナーベは斜め後ろを振り返り、まっすぐ腕を上げて指を指した。
「いました。あちらの方角、800メートル先です」
「すっご〜い、ナーベちゃん!」
手を叩くレイキュンの横で、トルーパーは剣を抜いて低く呟いた。
「……なかなかやるな」
次の瞬間、アーシスとトルーパーは同時に地面を蹴り、弾丸のように森を駆け抜けた。
風圧に目を細めるナーベと、慌ててスカートを押さえるレイキュン。
「もーっ、男子ってほんと自由!」
「……追いましょう」
あっという間に遠く離れた二人を、ナーベとレイキュンは追いかけはじめた。
◇ ◇ ◇
鬱蒼とした森を抜けた先に、蔦に覆われた瓦礫の山が見える。
「あそこか……」
あっという間に森を抜けたトルーパーとアーシスの前に、古城の跡が現れた。
そして、その奥から地鳴りが聞こえてくる。
「……いるな」
二人はナーベとレイキュンを待たず、古城の中へと侵入する。
崩れかけた壁。抜け落ちた天井から、陽の光がスポットライトのように降り注ぐ。
その奥、揺らめく影、禍々しいオーラがアーシスたちの足元に届く。
そして──砂煙を纏いながら、漆黒の巨体が姿を現した。
──《黒鉄魔獣ヴォルクス・ブライト》。
鋭く反り返った角、斧のような前肢、赤く輝く両眼。そして鉄球の尻尾が地面を叩き、火花を散らす。
「……で、でかいな…」
5mはあろうかという巨体を前に、アーシスは思わず声を漏らした。
「……ビビってるならそこに隠れていろ。俺一人でやる」
ジャキ……とトルーパーが剣を構える。
「だ、誰がビビってるか!」
アーシスも剣を抜き、睨み返す。
魔獣は両眼にアーシスたちを捉えると、ゆっくりと近づいてきた。
「──いくぞ!!」
アーシスとトルーパーは同時に跳びかかる──が、
ガキィン!
金属音が耳を裂く。刃は弾かれ、衝撃が腕に響く。
「か、硬てぇ……!」
ヴォルクスの装甲は黒鉄そのもの。物理攻撃を容易には通さない。
すると、ヴォルクスは斧のような前肢を斜めに振り回して反撃──
トルーパーが先読みの力で寸前でかわした斧を、背後のアーシスが剣で受け止める、が──その重さにアーシスは身体ごと崩れかけの壁に吹き飛ばされる。
魔獣の右後ろへと旋回したトルーパーは、再度接近を試みる、が、鉄球状の尻尾が唸りを上げてトルーパーを狙う。
くるっと回転して尻尾を避けたトルーパーが魔獣へ近づこうとした瞬間、尻尾の鉄球が地面に叩きつけられ、全方位に衝撃波が放る!
「くっ……!」
剣でガードするも、防ぎきれず後退を余儀なくされる。
「……さて、どうするか」
瓦礫の中から戻ったアーシスがトルーパーに並び立つ。
「決まっている。斬るのみだ」
トルーパーは静かに必殺剣の構えに入る。
しかし、アーシスが何かに気付く──ヴォルクスの角が魔力を帯びて微かに揺れている。
「危ない!!」
「ヴオォォォォ!!」
トルーパーが剣を振ろうとした瞬間、耳を裂く咆哮と共に、魔獣の角から光線が放たれた!
アーシスはトルーパーを抱えて飛び込み、間一髪で魔光線を回避──、砂煙で視界が奪われる中、二人は瓦礫の影に身を隠した。
「面白くなってきたな……」
アーシスは額に汗を流しながらも、ふっと笑ってみせた。
そこへ、ナーベとレイキュンも合流。
「ひょえぇ〜、とんでもない化け物じゃん」
「気をつけろ!接近戦もヤバいが、角から魔光線を撃ってくるぞ!」
ゴクリ、とつばを飲むレイキュンの前に、ナーベがスッと立ちはだかる。
「……解析します」
ナーベは壺の蓋を開き、魔力の煙を解き放つ。
砂煙に紛れ、魔煙がヴォルクスを包み込む。
(……もう少し)
ナーベはジリジリと足を前へ進める、その時──ナーベの死角から魔獣の斧手が高速で振り下ろされる!
ガキィィン!!
──ナーベが斬られる瞬間、その前に身体を入れ込んだアーシスが魔獣の斧手を弾き返した。
「へへ、何度も吹き飛ばされるかよ」
ナーベは頬を染めながらも、眼に魔力を込める。
「……わかりました。角から魔光線を放出した時、その瞬間だけ装甲が魔力で柔らかくなります」
「よっしゃ、俺がちょっかい出す!」
アーシスはすかさず飛び出し、魔獣のまわりを猛スピードで駆けまわる。
攻撃をかいくぐりながら、飛び上がって頭に蹴りをお見舞いしたその時、魔獣の角に魔力が集中するのが見えた──
「くるぞ!!」
「《ダークシールド》」
空中で剣を構えるアーシスの前に、ナーベが防御魔法を展開、咆哮と共に放たれた魔光線をナーベの盾が受け止める。
「今だ、トルーパー!!」
「わかってる」
トルーパーはすでに飛びかかっていた。
「へへ、私だって、役に立つよ!《炎ミートボール》!!」
レイキュンは小さな火炎球を連続でトルーパーの剣筋へと投げ込んだ。
「《無音断閃──サイレント・ブレイカー》!!」
トルーパーの放った剣閃は、途中で火炎球を飲み込み、炎を纏い魔獣の装甲を切り裂いた。
ヴォルクスは叫びを上げてもがき苦しんでいる。
「おっ、いいなあれ。おいにゃんぴん!!あの連携、俺たちにもできるよな!?」
「んにゃ?」
アーシスの呼びかけに、寝ぼけ声で顔を出すにゃんぴん。
「いくぞ!!」
アーシスは勢いよく跳躍──、
「黒炎ボールにゃっ」
タイミングを合わせてにゃんぴんは複数の黒炎をアーシスの剣筋に投げ込んだ。
「《黒炎剣》──!!」
黒炎を飲み込んだ刃がヴォルクスを深々と切り裂き、トルーパーの炎と共に内側から灼き尽くす。
──獣は断末魔をあげ、崩れ落ちた。
──ヴィィィィィィ……!
『討伐完了──タイム、6分58秒!!』
「へへ、やったな」
アーシスが剣を収め、笑う。
(なんてやつだ……見たばかりの連携技を完璧に使いこなすとは……)
トルーパーは無意識のうちにアーシスを認めていた。
「ナーベ、さっきはサンキューな、正直、剣であの魔光線を防げるか不安だったんだよ」
「いえ……わたしこそ、助かりました」
「俺たち、けっこう相性いいかもなっ」
「……っ!」
アーシスの何気ない言葉に、ナーベは耳まで真っ赤に染め、顔からは湯気が立ち昇っていた。
(つづく)