【139】本校借り暮らし編③ 〜討伐課題:チームB vs 巨大猿〜
転送魔法陣の光が弾け、生徒たちは空間を跳んだ。その着地先は、十メートルを優に超える巨大な壁の上だった。
「た、高っ……!」
足元に広がるのは、森林、湖、朽ちた廃屋が点在する、壁に囲まれた広大な長方形の敷地。
分校の生徒たちがその規模と高さに唖然とする中、本校の生徒たちは「またこの反応か」とでも言いたげにくすくすと笑っている。
そんな空気を裂いて、魔導拡声器を通じた大音声が響いた。
「説明する!!」
ダンバイロンが魔導スピーカーを握りしめ、全生徒に向けて怒鳴る。
「この特設戦闘エリア内にモンスターを一体ずつ放つ!
そのモンスターを討伐するのがこの授業の課題だ!!貴様らには、チーム毎に討伐時間を競い合ってもらう!」
生徒たちの表情が引き締まる中──
「ってことは、一位のチームには何かご褒美があるのかな?」
軽口を叩いたグリーピーに、生徒たちの期待が集まりかけた、そのとき。
「……ご褒美か。では、最下位のチームには"ご褒美"として罰を用意しておく!!」
「ぐはっ!」
「やぶ蛇!!」
全方位からの鋭い視線に、グリーピーが肩をすくめる。
「気を抜くなよ!出てくるのはギルドが捕まえた粋の良い本物のモンスターだ!!チームによって出てくるモンスターは異なるから覚悟しておけ!」
ダンバイロンの言葉に、息を呑む生徒たち。
「本物か……気を引き締めてかからないとケガじゃすまないな……」
ダルウィンのつぶやきに、ファナスは黙って頷いた。
「さらに、エリア内の建物や土地、木々、湖などは毎回ランダムに変更される!!地形を理解し、活用しろ!」
「……たしかに、地形の把握は大切だね……」
「ああ……」
アップルとシルティも真剣な表情でエリア内を見回す。
空中には、戦場内部を映し出す巨大魔導モニターが浮かび上がっていた。
「エリア内の様子はこの巨大モニターに映し出される!他チームの戦いも勉強だ!しっかり見るように!」
「それでは最初のチームのモンスターを放つぞ!」
ダンバイロンが魔導リモコンのスイッチを押すと、第一試合のフィールドにモンスターが転送された。
ズズン──と地鳴りのような振動が壁を這い、どよめきが走る。
生徒たちが注目するモニターの中、砂煙が薄れ、モンスターの巨体が姿を現した。
「!!」
「きょ、巨大猿……!?」
「まさか──《ジャイアントエイプ》……!」
モニターに映るのは、身の丈五メートルはあろうかという、異形の大猿だった。鋭い牙と巨大な拳。見る者に本能的な恐怖を呼び起こす獣の王。
「ふっ……動揺しすぎじゃない? あんな猿ごときで」
腕を組んだルールーが冷笑する。
そのとき、ダンバイロンの声が割って入った。
「さて、こいつと戦う栄えある(不幸な)チームは──魔道くじが決める!!」
巨大モニターに表示されたスロットが回転を始める。
じょじょにスピードが落ち、チームが決まるその瞬間を、生徒たちは固唾を飲んで見守っている。
ピ、ピ、ピ、ピ……
ピー!!
モニターに映し出されたのは──《チームB》。
「……ふっ、のぞむところだ」
「ええ……」
「わーい!最初だ、最初☆!」
「やったー☆!」
チームBの面々がそれぞれの反応を見せるなか、
「いいか!転送するぞ!!」
ダンバイロンが号令をかけてスイッチを押す。
チームBは光の転送陣に包まれ──戦場へと送り込まれた。
◇ ◇ ◇
「ここが……模擬戦場か」
湖の畔、うっそうとした森の切れ目に転送されたチームB。周囲を見渡したダルウィンは、遠く壁上の観客席を視界に捉える。
「上から丸見え、か……」
すると、ヴィィィィィ、という大きな音が敷地内に響き渡り、魔導スピーカーからダンバイロンの声が響く。
『討伐開始!!』
同時に、空中モニターには経過時間のカウントが表示され始めた。
「さて、ジャイアントエイプと戦ったことのある人は?」
ダルウィンの問いに、誰もが無言で首を振る。
「オーケー、このチームは、剣士二人に魔法使い二人。相手はパワー派のゴリラ……。一撃でも喰らうとダメージが大きそうだから、ワフワフちゃん、ココモちゃんは遠距離からの攻撃とサポートを頼めるかい?」
「おっけー☆」
「まっかせて☆」
軽快な返事とともに、双子がハイタッチ。
「後は、僕と君で切りまくる──と言いたいところだけど、相手の力量もわからない」
「……ではどうする?」
「……僕が盾になるから、君が切ってくれ」
「!?」
ダルウィンは真っ直ぐな視線でファナスを見据える。
「……承知した。お前が防ぐ間もなく切り倒してやる」
ファナスは口元を緩ませて剣を握った。
「行こー!行こー!」
「どこー!どこー!」
騒ぐ双子を制するようにダルウィンは口に人差し指を当てる。
「しっ」
目を閉じて耳を澄ませるダルウィン。
遠くから、ゆさ、ゆさ、と木々のざわめきが聞こえる。
「……あっちだ。居場所がわかりやすいのは好都合な相手だな」
「やるからには一位を目指す……」
目を細めるダルウィンにファナスが答える。
「当たり前だ」
「行くぞ!!」
◇ ◇ ◇
「ヴォォ……」
森の中、ジャイアントエイプがのしのしと両手足をついて歩いている。
その後方、木々の影にチーズBの面々はそれぞれ身を隠していた。
(近くで見ると、さらに大きく感じるな……)
「……まずは僕と君で後方から奇襲をかける」
小声で話しかけるダルウィンに、ファナスはそっと頷く。
木陰に身を隠しながら、二人は息をひそめ、静かに間合いを詰めはじめた。
──が、その瞬間。
「わっふーん☆!!」
「!?」
「なッ──!」
勢いよく飛び出したのは、ピンク髪のツインテール。
「コモー!行くよーっ!!」
「はーい!」
「ちょ……」
焦るダルウィンの横で、ファナスは顔を手で覆っている。
ワフ&コモは、ダルウィンとファナスを追い抜き、ジャイアントエイプへと全力疾走で向かっていく。
──だがしかし、物音に気づいたエイプは振り返り、双子に向けて大きく拳を振りかぶる。
「危ない!!」
ダルウィンは思わず叫んだ──しかし、この距離では助けることは出来ない。
──だが、
「コモ!」
「はーい☆《超跳躍》!」
ココモが魔法を飛ばし、ワフワフは空中へと大きく跳躍、エイプの振り下ろした拳はワフワフとココモの間を掠めていく。
「おお……!!」
巨大モニターで観戦する生徒たちから歓声が上がる。
ドゴォォォン!!
──空振りした大猿の拳は木々を薙ぎ倒し、地響きを伴って大地が砕け、大きな砂煙があがる。
その煙の隙間から──
「《超魔力》☆!!」
ココモのサポート魔法がワフワフへと走る。
空中のワフはコモの魔法を受け、増幅した魔力で魔法陣を展開──
「《氷河岩》-グレイシアロック-!!」
魔法陣から巨大な氷塊が出現。
エイプに向けて狙いを付けようとした刹那、──木々の間から、エイプの尾がムチのように唸り、ワフワフに迫る。
「危ない!!」
モニターに向かい、アップルが叫ぶ。
しかしその瞬間──
ガギィィンッ!!
割り込んだダルウィンが、剣で尾の一撃を受け止めていた。
「……まったく、デタラメな双子だな、君たちは」
「えへへ……助かった☆」
援護を受けたワフワフが指を鳴らし、氷の塊がエイプの肩へ直撃!
「グギャアアア!!」
エイプが体勢を崩す。
「今だ!!ファナス!」
「わかってる!!」
後方から飛び出すファナスに、さらにココモのサポート魔法が走る。
「《超加速》☆!」
勢いをつけたファナスは、大きく飛び上がり、上空からジャイアントエイプに襲いかかる。
「くらえ!!」
ファナスが剣を振りかぶったその瞬間──
エイプはギロリとファナスを睨みつけ、大きく開いた口から灼熱の黒炎を吐き出した。
「ヴォォォォ!!」
「くっ──!!」
──が、次の瞬間、炎が十字に切り裂かれる。
剣閃と共に、ファナスの前に飛び込んだダルウィンの姿が現れ、
「行け!!」
「ああ!!」
ダルウィンの肩を踏み台に、ファナスがさらに高く跳躍──
「《最終正義》──ファイナルジャスティス!!」
オーラを纏った剣が、ジャイアントエイプの首を一閃──
巨体は崩れ落ち、激しい土煙を上げた。
ヴィィィィィィ……!!
エリア内に、討伐完了を告げる音が響く。
『討伐完了──タイム、8分48秒!!』
「うおおおおお!!」
観戦していた生徒たちから、地響きのような歓声が巻き起こった。
こうして、借り暮らし初日の授業は幕を開けたのだった──。
(つづく)




