【137】本校借り暮らし編① 〜王都イシュヴァルへ、再び!〜
ガタン、ガタン──。
車輪の揺れに揺られながら、数台の大型馬車が木々に囲まれた街道を抜けていく。
「もうすぐだよっ!」
パッと顔を上げ、馬車の窓から身を乗り出すように叫んだのは、元気いっぱいのアップルだった。
丘の先に、王都イシュヴァルがその輝きを見せ始める。
「おお、あれが……王都……!」
「なんか……浮いてるんだけど!?」
「キラキラしてるぅ〜〜っ!!」
初めての光景に、馬車内の生徒たちは大はしゃぎ。
その様子を横目に、アーシスとシルティは静かに腰を下ろしていた。
「……思ったより早く戻ってきてしまったな」
「……ああ」
──数日前、盗賊団による襲撃事件で分校は甚大な被害を受けた。
修復のため、一時閉鎖されたウィンドホルム分校の生徒たちは、王都にある《冒険者育成学校・本校》の旧校舎を間借りすることとなったのである。
◇ ◇ ◇
「ふぁぁ〜〜……ん〜〜……」
馬車を降りたシルティが、左腕で右肩を抱きながら、にゃんこのように伸びをした。
長い赤髪が揺れ、頬がほんのり色づくその姿に、アーシスは思わず見惚れて──
──ぐ〜〜〜〜。
「……お腹すいた……」
いつも通りの腹の虫に、アーシスは我に返る。
うん、いつものシルティだ。
「や〜〜っと着いたねっ!」
元気よくアップルがシルティに抱きついてくる。
一方、生徒たちは王都の空気に触れ、興奮と戸惑いが入り混じった声を上げていた。
「すげーーー!!こ、これが王都か!!」
最もリアクションが大きかったのは、1-Aのラッティ。 彼を制止しようとするドナック、そして目を輝かせるミーニィ。
「はしゃぎすぎだって……ったく」
「でもすごいね、これが本物の王都……!」
「ふふ、そうだろ?」
そこへアーシスが歩み寄ってくる。
「お前たちは初めてだもんな、王都は。斬剣祭は二年だけだったし」
「はいっ、アーシス先輩!」
ぴしっと敬礼するラッティ。
「見ろ、あの空に浮かぶのは魔導式浮遊カート。あれで貴族は移動するんだぞ」
「おぉ〜!」
「そしてあそこの街灯には魔法陣が刻まれていて、夜になると光るんだ。超便利」
「おぉ〜!」
「……自分だって来るの二回目のくせに、よくそこまでマウント取れるわね……」
隣のアップルが冷ややかに呟く。
耳を赤くしたアーシスは照れを隠すように紹介を続ける。
「そ、そしてあれが、王都名物の焼き立てチーズパイだ!」
「……もぐもぐ」
アーシスが指を刺した先では、シルティがもぐもぐとチーズパイを食べていた。
「ええぇ!?もう食べてる!?」
呆然とする一同に、不意に背後から冷ややかな声が響いた。
「やれやれ、相変わらず田舎者の猿だな。お前らは」
振り返ると、そこには見覚えのある顔ぶれ──
「お前ら……」
「ふっ」
なぜかドヤ顔で並ぶ本校の剣士たち。
「誰だっけ?」
ズコー。
アーシスの一言に、一同総崩れ。
「じょ、冗談だって……。ドムスだろ、ルールーだろ、ファナスだろ、トルーパーだろ……。あれ?」
1人ずつ確認していったアーシスの指が止まる。
「……ペパールトなら、故郷に帰ったわよ」
ルールーがぽつりと呟いた。
寂しげなその声に、アーシスの後ろでシルティがそっと目を細めた。
「いやぁ、しかし、わざわざ出迎えに来てくれるなんて、ありがとなっ。昨日の敵は今日の友って言うもんな〜」
アーシスはニカッと笑って、ルールーの肩をぽんと叩く。
「ち、ちがっ……別にアンタたちのために来たわけじゃ……!」
顔を真っ赤にして動揺するルールー。
「でも今回は別校舎だし、お前らと絡むこともなさそうだよな〜」
「……いや、あるらしいぞ」
ドムスが小さく口を開く。
「え?」
「……合同授業、だそうだ」
ファナスが続ける。
「合同授業!?」
マルミィが驚いたように呟く。
「ふふん♪」
ルールーはまたしても得意気なドヤ顔。
そんな空気の中、アーシスはふと気づいたように口を開いた。
「あ……」
「なによ?」
「てか、お前ら今授業中じゃねぇの?」
ギクッ!!
見事なタイミングで引きつる面々。
「と、とにかく!覚悟しておきなさいよ!!」
顔を真っ赤にしたルールーは、仲間を引き連れて逃げるようにその場を去っていった。
その背中から──
「……今回は、負けない」
トルーパーの小さな声が風に乗って届いた。
「……!!」
去り行く本校生徒たちの背中を見ながら、アーシスの胸の奥に、静かに火が灯った。
──やがて、遠くからパブロフの声が響いた。
「おーい!集合だ集合ー!」
赤く染まり始めた王都の空の下、アーシスたちの“本校借り暮らし”が今、始まろうとしていた──。
(つづく)




