【136】 盗賊団襲来!冒育の危機編⑤ 〜曇り空、差し込む光の先に〜
戦いが終わった校庭に、雲の切れ間から淡い光が差し込んでいた。
散らばった瓦礫、焦げた地面、吹き飛んだ石畳……そのすべてが、差し込む陽光でぼんやりと輝いていた。
地に伏した盗賊たちは、次々と駆けつけたヴァード隊の隊員たちによって、魔導縄で拘束されていく。
「おい、お前ら!無事か!?」
慌ただしく走り寄ってきたのは──担任のパブロフだった。
「ったく、遅いっつーの、先生」
アップルが両手を頭の上で組んで、ぷいとそっぽを向く。
「悪かったな……。ちょうど職員会議中で気づくのが遅れたんだ……重症者はいないか?いたらチュチュン先生のところへ運べ!」
教師たちは次々と状況を把握し、的確に指示を飛ばしながら生徒の手当てにあたっていく。
アーシスはその光景を眺めながら、ふとあの男の声を思い出していた。
(……人造モンスター、と言ってたよな)
言葉の意味は曖昧なまま、答えのない疑問だけが頭を支配する。
「大変な騒ぎだったな、アーシス」
振り返ると、声をかけてきたのはマァリーとリットだった。
「マァリーさん……」
「まったく、あの盗賊ども、学校を襲撃するなど前代未聞だぞ……」
「ほんと、ありえないっす……」
リットは辺りを見回しながら肩をすくめる。
「……あの……マァリーさん……"人造モンスター"って、聞いたことあります……?」
アーシスは少しだけ声を落として尋ねた。
「人造モンスター?……いや、初耳だな……」
マァリーは目を細めて数秒考えたのち、首を振った。
「……そうですか」
答えが出ないまま、アーシスはただ空を見上げた。
いつの間にか、雲の隙間は大きく開いていた。
◇ ◇ ◇
学校から遠く離れた街の外れ、ある建物の屋上。
そこには黒マントの人影が数名、たたずんでいた。
一人が魔導双眼鏡を下ろし、つぶやく。
「やれやれ……簡単にやられてしまったな」
「まぁ、まだ試作品って言ってたからな、シンジャは」
「それに、ただの盗賊じゃあやっぱり扱えきれねぇよな」
「……今回はただのテストだから。この学校には悪いけどね」
フードの奥でうっすらと笑ったその者たちは、建物の中へと姿を消していった。
──その背中には、黒と紫で編まれた“魔信教”のシンボルが、ゆらりと風に揺れていた。
◇ ◇ ◇
「せんぱーい!!」
元気な声とともに、ラッティたち一年生がアーシスたちのもとへ駆け寄ってくる。
「お前ら……もう平気なのか?」
「はい!先生にしっかり治療してもらいました!」
「しかし、さすがはエピック・リンク!俺らじゃ歯が立たなかった盗賊も楽勝でしたね!」
ラッティは明るく胸を張るが、その隣でミーニィは複雑そうな顔をしていた。
「でも……あのモンスターって、いったい何だったんでしょうか……?」
その問いに、誰もすぐには答えられなかった。
「……わからない。でも、何かが動き出してる……そんな気がする」
アーシスがつぶやくと、シルティが静かに頷いた。
「そうだな……あの気配……あれは、“自然のもの”ではなかった」
「……うん。なにか、大きな力が裏で……」
アップルとマルミィも顔を見合わせ、不安げな声を漏らす。
重苦しい空気が再びその場を包みかけた──その時。
「へ〜〜くしょんっ!!」
にゃんぴんの豪快なくしゃみが爆発し、豪快な鼻水がアーシスの顔を直撃した。
「……ぶはっ!?なにすんだお前ぇぇぇっ!!」
「にゃんだか、ほこりっぽくて鼻がむずむずするにゃ〜〜」
ぽけっとした声に、一同はぷっと吹き出す。
重くなりかけた空気が、一気に明るくなった。
「……まぁ、考えたってわかんないし、私たちに出来ることって言ったら、もっと強くなることしかないじゃん?」
アップルが笑いながら言うと、マルミィが頷いた。
「はい。今まで以上に……頑張るまで、です」
「ふ、当然だ」
シルティは真っ直ぐ前を見据えた。
「……そうだな。明日からは、鍛錬を"5倍"は厳しくしないとな」
アーシスのその一言に、仲間たちは「ええ〜」と少しだけ顔をしかめつつも、笑っていた。
(……ひょえ〜〜。この人たち、次元が違う……)
ラッティたち一年生は、その場の雰囲気に圧倒されながら、尊敬半分・恐怖半分で冷や汗を流していた。
──誰も知らない。
この一件が、“後の大いなる戦い”の始まりに過ぎなかったことを。
だが、確かに世界は、静かに動き始めていた──
(盗賊団襲来!冒育の危機編、完)




