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【131】小さな来訪者


 とある日の夕方。

 女子寮の一室──シルティ=グレッチの部屋には、静けさが満ちていた。


 机の上には剣の教本と、半分飲みかけのハーブティー。

 窓の外からは心地よい風が吹き込み、赤毛の少女はベッドの上でまどろみながらあくびをひとつ。

「……ふぁあ。少しくらい、うたた寝しても──」


 ──ドタドタドタッ!


 突如、廊下から轟く慌ただしい足音と叫び声。


「きゃーっ!」

「そっち、いったわよー!」


 何事かと眉をひそめながら扉を開けたその瞬間だった── 目にも留まらぬ速さで、銀色の何かが飛び込んでくる。


「なっ──!」

 シルティは反射的に身をかわし、剣を抜く──だがその正体に気づき、刃を収めた。


「……猫?」


 小さな猫だった。

 まんまるな目、ふわふわの毛並み、可愛げのある姿に反して、その機動力は俊敏そのもの。


 部屋の中をぐるぐると走り回り、クッションを蹴飛ばし、机の上の筆記用具をなぎ倒し──あっという間にシルティの部屋が廃墟と化していく。


 あっけに取られていたシルティから、じょじょに怒りのオーラが溢れ出てくる。

「……やはり斬るか……」

 

 シルティが再び剣に手をかけると、猫はビクッと身体をすくめ、そのまま窓からスルリと逃げ去った。



   ◇ ◇ ◇


「結局、誰も捕まえられなかったって〜」

「しかも、いろんな部屋を荒らしていったみたい」

「え〜〜」


 寮の共有スペースには、女子生徒たちが集まっていた。

 ──そこへ、騒ぎを聞きつけたアーシスたち男子も現れた。


「どうした? 何かあったのか?」


「それがさぁ、すばしっこい猫が紛れ込んで、女子寮中をめちゃくちゃにしてったってわけ」

 そう語るアップルは、やれやれと肩をすくめる。


「でも、もうどこかに行っちゃったみたいです」

 マルミィは困ったように笑う。


「……すばしっこいヤツだった……」

 剣を手に握るシルティを見て、アーシスは青ざめた。

「おいおい、まさか斬るつもりじゃないよな……?」


「まったく、迷惑な猫にゃん〜」

 ふわふわ浮かぶにゃんぴんがぽつりと呟いた。

 


   ◇ ◇ ◇


 その夜──

 シルティはベッドでふと気づいた。


「……ない」


 引き出し、クローゼット、ベッドの下──どこにも、それはなかった。


「……うそでしょ……」



   ◇ ◇ ◇


 翌朝。


 教室に入ってきたシルティは、どこか様子が違った。目元にはくっきりとしたクマ、肩は落ち、歩みは重い。


「お、おはよう……シルティ、どうしたの……?」

 アップルが声をかけるが、


「……なんでもない」

 それだけを呟いてシルティは席についた。


 アップルとマルミィは目を合わせ、首を傾げた。



   ◇ ◇ ◇


 休み時間、校庭の草むら、花壇、ゴミ箱の中まで探し回るシルティの姿を、教室の窓からアップルたちは見つめていた。


「あやしい……」

「何かの探し物、かな……」


 その時、にゃんぴんがぽん、と現れて言った。

「人には知られたくないことの一つや二つあるにゃん。そっとしといてあげるにゃん〜」


「……それもそうね」

 皆はそっとシルティを見守ることにした。


「じゃ、にゃんぴんもちょっと散歩してくるにゃん」

 そう言うと、にゃんぴんはふら〜と飛びながら教室を出て行った。



   ◇ ◇ ◇


 ──だが、次の日もシルティは疲れ切った様子で教室に現れた。


 昨日よりもさらに目の下のクマは深くなり、どんよりとした空気を纏っている。

 あまりの雰囲気に、アップルたちは声をかけられなかった。


 ──休み時間、この日もまたシルティは一人、校庭で何かを探し回っている。


 その様子をエピック・リンクの仲間たちは教室から見ていた。


「やっぱり見てられないよ、わたし……」

 見かねたアップルが口を開く。


「助けてあげたい、です」

 マルミィも続く。


「……だよな!」

 アーシスも拳を握った。



   ◇ ◇ ◇


 夕暮れ。

 校庭のベンチでうな垂れるシルティのもとに、仲間たちはそっと歩み寄った。


「……シルティ、言いたくないことがあるかもしれない……でも、今のお前を見ていられない。俺たちにも手伝わせてくれ」

 アーシスの真剣な声に、シルティはゆっくりと顔を上げる。


「そうだよ!何か探してるんでしょ、みんなで探した方がはやいよ!」

「こういう時の、仲間、です」

 アップルとマルミィも続く。


「……みんな」

 姿勢を正して、シルティはゆっくりと語り出した。


「……実は、わたしは"あるもの"がないと眠れないんだ……それが、例の猫事件の時、猫に持って行かれたみたいで……」


「あの猫のせいか……」

「それで、その"あるもの"って?」


「うぅ…」

 シルティは頬を赤らめて言葉を出せずにいる。


「ん?」

 アップルとマルミィが身を乗り出してシルティの顔を覗きこむ。


 覚悟を決めたシルティは小さな声で話し出す。

「じ、じつは……」


 一瞬の間のあと──


「えーーーーーっ!!」

 アップルとマルミィが口に手をやって叫んだ。


「くまのぬいぐるみねぇ……シルティもかわいいところあるじゃん」

「か、かわいらしいです……」


 顔を真っ赤にしてうつむくシルティ。

 その時──


「クマならあるじゃねえか」


 後ろに立つアーシスがさらっと言った。

 全員が即座に振り返りアーシスの顔を見ると、


「ほら、シルティの目の下」


 にやけ顔のアーシスを見て、アップルたちは一瞬でシラケ顔になる。

 そして──。


 ゴスッ!!


 アップル、マルミィ、シルティの拳が同時にアーシスに突き刺さる。


「じょ、冗談ですやん……」



   ◇ ◇ ◇


「とにかく、その猫を探さないとね」

 アップルが切り替える。

「みんなで、手分けする?」

 マルミィが言った時、


「そうだ!」

 アーシスが手をポン、と叩く。

 一同はじろっとアーシスを睨む。


「いやいや……今度は冗談じゃなくて、猫のことならにゃんぴんに聞くのはどうだ?」


「たしかに」

 3人は頷いた。


「でも、にゃんぴんちゃん何処ですかね?」

 首を傾げるマルミィに、アーシスが問いかける。

「マルミィ、にゃんぴんのマナの残香を追えないか?」


「!!……やって、みます」

 マルミィは目を閉じ、集中して杖にマナを通した。

しばらくして、ピクリと杖が反応した。


「あっちです!」



  ◇ ◇ ◇


 辿り着いたのは校舎の屋上、そのさらに上。

 裏側のスペースに出ると、そこには──


「……なにこれ」


 小さな猫を枕にし、サングラスをかけてくつろぎながら小魚をかじるにゃんぴんがいた。

 周囲には、ぬすまれた置物、魔導タブレット、お菓子などが山積み。


「にゃんぴん!」

 アーシスが叫んだ。


「んにゃ?アーシス、どうしたにゃん?」

 にゃんぴんはいつもの調子で返事をする。


「あ、あの猫!」

「……この前の猫です」

 アップルとマルミィは小さな猫に視線を向ける。


「あ!!」

 ──その時、小物の山の中からシルティはぬいぐるみを発見する。

「パピィちゃん……!」

 涙ぐみながらぬいぐるみを抱きしめるシルティ。


「……これは、どういうことだ?にゃんぴん」

 アーシスは拳の骨を鳴らしながら問いただす。


「にゃ!?……にゃんぴんは何も知らないにゃん!」

「抑えろ!!」

 アーシスの声でマルミィが魔道縄を放ち、にゃんぴんを捕獲。


 小さな猫は、頃合いを感じてそーっといなくなる。


 そして──

「お仕置きだ、にゃんぴん!」


 ゴツン!

「にゃー!!」


 たんこぶを抱え、涙目で叫ぶにゃんぴん。

「アップルぅ、ヒールしてにゃ〜」

「べーっ!」


「……かわいい女の子はこりごりにゃ〜」

 そう言いながらふらふら浮かぶにゃんぴんを見て、一同は「ぷっ」と笑う。


 ぬいぐるみを抱きしめるシルティに、アーシスは優しく声をかけた。

「……よかったな、見つかって」


「うん……みんな、ありがとう」

 瞳を潤ませながらシルティは顔を上げた。


「しかし……」

 アーシスは少し溜めてから、

「……"パピィちゃん"、ね」

 シルティを見つめ、にやけながら呟いた。


 顔を真っ赤にするシルティ、アーシスは即座に逃げ出した。

「ま、待て!アーシス!!」


 剣を片手に追いかけるその姿を、仲間たちは笑いながら見送った。

 今日もエピック・リンクは、平和──かどうかはさておき、にぎやかだった。

 

 ──泥棒猫事件、一件落着。


(つづく)


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