【128】単独任務:ダンジョンボス捕獲クエスト編④ 〜《夢操のグリムレイス》ファルマグス〜
「……消えた、だと?」
シャドウフィンドの残骸が黒い霧となって崩れると同時に、ダンジョンの奥から禍々しい魔力が激しい勢いで流れ、吹き荒れた。
「この魔力……生きてる!」
アップルが叫ぶ。
マルミィの顔が蒼白になる。
「……完全に、目覚めたんです」
──ゴォォォォォン……
重々しい鐘の音が、地下の空間に響き渡る。
そして、揺れる闇の中から、紫水晶のような仮面をつけた巨大な影が現れた。
「……眠りを妨げしは、誰か……」
それは人型──だが、その背には触手のようにうねる幻影の腕が何本も生え、身体の一部は黒曜石のように光を反射し、うっすらと浮かぶ文字は古代語だった。
「名を名乗れ、小童ども──我を起こした、その罪を知れ」
「お前が……ファルマグス……」
アーシスが一歩、前へと出る。
剣を構えた彼の背に、シルティ、マルミィ、アップルが並んだ。
「行くぞ、エピック・リンク──!」
◇ ◇ ◇
ファルマグスの最初の一撃は、ただの指差しだった。
──だが次の瞬間。
ズウゥゥンッ!!!
重力そのものがねじれるような重圧が空間を襲い、4人の体がずしりと沈み込む。
「うっ……こ、これは……!?」
アップルが叫び声をあげる。
「念圧です!精神に直接かけてくるタイプの魔術!」
マルミィはすぐに光のバリアを展開、
「《光壁・五重結界》っ!」
バリアに阻まれ、念圧は止まる──が、次に現れたのは幻影だった。
「おい、あれ……!」
「私が、もう一人……!?」
シルティが振り返ると、そこにはシルティそっくりの“もう一人の自分”が立っていた。
アーシス、アップル、マルミィの前にも、それぞれの幻影が現れ、動きを完全にトレースしてくる。
「くそっ、どうすりゃいいんだ……!」
剣を振るえば、自分に同じ攻撃が返ってくる。
──だが、そこに糸口が生まれる。
「……あれは、自分の動きしか再現していない……!」
アップルが閃いたように叫んだ。
「つまり、予想外の行動なら、相手はついてこれない……!」
「任せて!」
マルミィが両手を掲げ、詠唱する。
「《幻光連陣──ミスティック・グレイル》!」
広がる光の霧の中、アップルが叫ぶ。
「アーシス!空中から不規則に動いて斬りかかって!」
「よしっ!」
アーシスはにゃんぴんの魔力補助を受け、三次元機動で宙に跳び上がる。
「うおおおおおおっ!!」
宙で反転しながら幻影をすり抜け、ファルマグス本体へと突っ込む!
──だが、その瞬間。
「おろか……」
ファルマグスの胸から黒紫の魔眼が開いた。
ズバァァッ!!!
衝撃波がアーシスを吹き飛ばす。
「く……そっ……!」
地面に叩きつけられるアーシス。その横で、にゃんぴんがうめくように言う。
「やばいにゃん……あの魔眼は魂を覗き込んでくるにゃ……!」
──一瞬の沈黙。
「作戦通りに行こう!」
アップルの叫びが、石造りの空間に響き渡る。
アーシスはホワイトソードを握りしめ、深く息を吐いた。
四方に浮遊する魔導鎖と封印陣、その中央にそびえるように佇む《夢操のグリムレイス》ファルマグス──黒衣の影がうごめき、無数の目玉がこちらを睨んでいる。
「来るぞ!」
シルティの声と同時に、ファルマグスが右腕を掲げた。まるで水が逆流するような音が響き、空間が歪む。
──重力波だ!
「かがめ!」
アーシスの号令に、全員が身を低くして反重力の波をやり過ごす。
だが、それに続くように伸びる黒い触手が、四方八方から襲いかかる!
「くっ!」
アーシスは前方へと斬撃を放ち、迫る触手を断つ。
その斬撃は空を裂き、前方の影を斬り払うが、次の瞬間、別の触手がマルミィへと伸びた。
「やらせるかっ!」
シルティが身体をひねり、剣を投げつけた。火花を散らして触手がはじけ飛び、マルミィの脇をかすめて床に落ちた。
「ありがとう……っ」
マルミィは一瞬息を呑んだが、すぐに詠唱に入る。
杖の先端に、光の紋章が浮かび上がる。
「“束縛陣”!」
青い魔法陣がファルマグスの足元に展開され、動きが鈍る。だが──、
「甘いぞ……人間ども」
ファルマグスの魔眼がギラリと光る。
──ドクン。
アーシスの心臓がひときわ大きく跳ねた。次の瞬間、頭がぐらりと揺れる。
(これは……幻覚!?)
目の前に現れるのは──自分を捨てる父と母──、そんなはずはない、と理性ではわかっていても、動きが鈍る。
「アーシス、しっかりするにゃん!!」
にゃんぴんが飛び込み、彼の額をパシッと叩く。途端に幻覚が晴れ、アーシスは目を見開いた。
「……ありがとな、にゃんぴん!」
その瞬間、アップルの叫びが響いた。
「いまだよ!今なら術式が完成する!」
アップルの足元に、魔方陣が三重に重なる。それは、捕縛と封印の複合術──
「"連環封陣!!”」
黄金の光がファルマグスの周囲を包み、四方から縛りつける鎖が浮かび上がる。
「っ……ぬ、抜けられん……だと……!」
ファルマグスの動きが鈍ったその瞬間、マルミィが最後の詠唱に入る。
「"魔縛結晶矢……ッ、発射!!」
空間から出現した光の矢が、封印陣の結節点へと突き刺さる──轟音と閃光が走り、ファルマグスが仰け反った!
──その瞬間、シルティは幻影をすり抜け、魔眼の反対側からファルマグスの足を切り裂いた!
「ぐおおおおっ……!!」
「アーシス!!今だッ!!」
「行くぞ──ホワイトソード!!」
白き剣が蒼白の輝きを放ち、アーシスがファルマグスへと突進する。
「"交錯剣技・零閃牙──!!”」
刹那、空間がひずむほどの踏み込みから、アーシスは魂を込めた一閃を放つ。
ホワイトソードの斬撃が封印術式の中心を貫き、術式はその光を強める──
「く、ぉおおおおおおおおお!!!!!」
ファルマグスが悲鳴を上げ、闇が爆ぜる。
──その瞬間、術式が完全起動し、全ての動きを飲み込むように、封印陣が光を放ち──
バチィン!!!!
爆音とともに、ファルマグスの姿は石の檻の中へと封じ込められた。
──静寂。
辺りに、深い、深い沈黙が訪れる。
「……成功、した、のか……?」
アーシスが肩で息をしながら言うと、アップルが小さく頷いた。
「うん……これで、完了──だよ」
直後──
「やったああああああ!!」
「や、やりましたぁ……!」
「……ふふ、やっぱりあたしら、最強かもな」
「ふにゃ〜〜、お腹すいたにゃ〜〜〜〜!!」
崩れ落ちるように座り込んだ4人と1匹は、しばしの間、勝利の余韻と静寂の中に身を預けていた──。
(つづく)




