【125】単独任務:ダンジョンボス捕獲クエスト編① 〜選ばれし者たち〜
ギルド支部、待合室。
朝のざわめきもすっかり落ち着いた空間に、魔導タバコの香りと、苦味の効いたコーヒーの香りが混ざっていた。
気だるそうにカップを傾けたパブロフは、ぷかぷかとタバコをふかしている。
そこへ、控えめな足音と共に一人の女性が現れた。
「お待たせしました」
マーメル=サシャイン。
メガネとスーツがトレードマークのギルド職員であり、アーシスたちの顔馴染みだ。
「いやぁ、急にすみませんね」
「いいえ……これなんかどうでしょう?」
マーメルは数枚の依頼用紙の中から、一枚を差し出した。
手に取ったパブロフは、ざっと目を通すと即答した。
「あぁ、いいですね。じゃあこれでお願いします」
「承知しました……でも、本当にいいんですか?……まだ冒険者になっていない学生パーティに、単独でダンジョン攻略させるなんて……しかも……いきなり"B級"」
マーメルの眉がわずかにひそむ。
「……ま〜ぁ、普通はあり得ないよね、こんなこと。……でも大丈夫、あいつらの実力は俺が保証しますよ」
パブロフがタバコの灰を落としながら静かに返すと、マーメルは黙って頷いた。
「……それより、あっちの方は何か情報入ってます?」
「例の紋章ですね……残念ですが、そちらは特になにも……」
「……そうですか…」
パブロフはたばこを咥えながら、視線を窓の外へ向けた。
◇ ◇ ◇
──翌日、職員室。
「なんすか、先生。呼び出して」
アーシスが小首をかしげて入ってくると、パブロフは魔導タバコを口に咥えたまま、ぐしゃぐしゃの机から顔を出した。
「おう、来たか」
集まったのはアーシス、シルティ、マルミィ、アップル──そしてふよふよ浮かぶマスコット生物・にゃんぴん。
パブロフはタバコをふかしながら、ゆっくりと話しはじめた。
「……実は、お前らエピック・リンクに"単独の任務"がある」
「単独……って、私たちだけで、ってこと?」
アップルが目を丸くする。
「その通り……お前らは数々の試練を乗り越え、実力をつけてきた。実際、他の生徒より飛び抜けてる」
パブロフの言葉を受けて、4人と1匹は誇らしげな顔をする。
「そこで、だ……お前らには他の生徒とは別の試練を与えることにした……さらなる成長のためにな」
──場の空気が変わり、一同はゴクリ、と唾を飲んだ。
「……で、その試練ってのは?」
シルティが口火を切る。
「ああ、これだ……」
パブロフは1枚の紙をアーシスたちのほうへ、ピン、と弾き飛ばした。
アーシスが受け取り、内容に目を通す──。
「なになに……なっ、ダンジョン攻略!?」
アーシスは思わず叫んだ。
「わ、わたしたちだけで、ですか!?」
マルミィは不安そうに呟く。
「ちょ、ちょっと待って!てかこれ、"B級"クエストだよ!?」
アップルが紙を覗き込んで叫んだ。
「……そうだ、お前らならこのくらいのレベルじゃないと張り合いがないだろ?」
パブロフはにやっと笑いながら言い放った。
「……ふん、上等だ」
腕を組みながらシルティが返す。
「……ああ、どのみち冒険者になれば命をかけたクエストに挑むんだからな」
アーシスは武者震いしながら拳を握った。
「決まりだな……いいか、今回のクエストは"ボスの捕獲"だ。ただ倒すのとはわけが違う、頭を使えよ?」
「む、むずかしそう…です」
マルミィが呟く。
「ボスの名前は《夢操のグリムレイス》──ファルマグス。10年前に討伐されたはずが、最近再覚醒したらしい」
「……ファルマグス…」
アーシスが呟く。
パブロフは煙を吐きながら、にやりと笑った。
「行き先は王国北部《クルズの古城跡》。いいか、このクエストはプロの冒険者が受けるクエストだ……学生気分で行くと"死ぬ"ぞ──」
一瞬、部屋の空気が凍った。
「……ま、冒険者なんて死んだらそれまでだ。せいぜいしっかり準備していくんだな」
パブロンはタバコの煙でわっかを作りながら、くるりと椅子を回転させ、後ろを向いて手を振った。
◇ ◇ ◇
放課後、学校の屋上。
橙色に染まる空の下、無言の4人と1匹が夕焼けを見つめていた。
緊張した面持ちで押し黙る4人の間を、すーっとにゃんぴんが通り過ぎる。
「辛気臭いのは、エピック・リンクには似合わないにゃ〜」
わざとらしく言いながら、にゃんぴんはマルミィの頭にぽふっと着地した。
「……たしかに、にゃんぴんの言う通りだな」
アーシスはふっと笑った。
そして、みんなを見渡して拳を握った。
「はじめての単独任務、やってやろうぜ!」
「よっしゃー!エピック・リンク、出撃準備だっ!」
アップルは飛び跳ねる。
「……がんばります……!」
マルミィは頷き、シルティはふっ、と笑った。
彼らの表情には、確かな自信と、仲間への信頼が宿っていた。
──こうして、冒険者育成学校史上初、学生によるB級ダンジョンボス捕獲任務が幕を開ける──。
(つづく)




