【124】ホワイトソード試し斬り!
ニメタス村から戻った翌朝──。
二年A組の教室には、アーシスの姿がなかった。
「先生、アーシスがまだ来てないけど……」
アップルが真面目に手を挙げて口にする。
「……ああ、あいつは今日は休みだ。風邪を引いたらしい」
パブロフは魔導タブレットをカツンと机に置き、淡々と答えた。
「アーシスくんが風邪なんて、珍しいですね……」
マルミィが心配そうに眉を寄せる。
「ふん、バカでも風邪を引くんだな」
グリーピーの鼻で笑うような発言に、即座にアップルが切り返す。
「あら、それならグリーピーも年中風邪かしら?」
「な、なんだとぉ!?」
「これは一本取られたでござるな〜」
ナスケがくすっと笑い、教室に明るい笑い声が広がる。
──そんな中、シルティだけは腕を組み、小さく呟いた。
「……なんか、あやしいな」
◇ ◇ ◇
ウィンドホルム郊外──《野獣注意》と書かれた古びた立て札を、ひょいと飛び越える少年がいた。
「よっと」
風邪で休んだはずの本人、アーシス=フュールーズ。
「……ずる休みして、悪い子にゃ〜」
ぷかぷかと浮かぶにゃんぴんが、ふわふわとアーシスの頭の周りを回っている。
「しょうがないだろ、うずうずが止まんないんだよ……こいつの切れ味を試したくてさ」
アーシスは腰の剣──伝説の鍛冶師姉妹の手によって作られた《ホワイトソード》に視線を落とす。
「まったく、新しいおもちゃを手に入れたこどもみたいにゃ」
「るせっ」
アーシスとにゃんぴんがじゃれていると──カサカサ、と茂みが揺れた。
アーシスはすぐに身構える。茂みの奥に、赤く光る目が三対──。
「……ダイアウルフか。試し斬りにはちょうどいいぜ」
ポンと足元の小石を弾くと、石が茂みに当たった瞬間、獰猛な三頭の野獣が唸り声とともに飛び出してきた!
「──はっ!」
剣がひと閃、二閃、三閃。
──しかし、
(……えっ!?……手ごたえがない)
アーシスの頭に恐怖がよぎる──
「く、やられる……!」
アーシスが身構えた瞬間──
ズバァァッ……!
目の前で三頭のダイアウルフが血飛沫を上げて宙を舞った。
「すごい切れ味にゃん!真っ二つにゃん!」
にゃんぴんが興奮気味に飛び回る中、アーシスは唖然としたまま、右手の感覚を確かめるように拳を開いた。
「……こ、これが、伝説の鍛治屋の剣か…はは…」
ぐっと拳を握り直すと、気合いを入れ直したアーシスは元気よく叫んだ。
「よっしゃ!感覚をつかむまで、ガンガン行くぜ!」
◇ ◇ ◇
──時は過ぎ、夕暮れ。
アーシスとにゃんぴんの前には、山のように積まれた野獣の残骸があった。
「お腹空いたにゃん〜」
力の抜けたにゃんぴんは、ふらふらと飛んでアーシスの頭に着地した。
「やべ、もう夕方か、夢中になりすぎたな……」
時を忘れていたことにようやくアーシスは気づいた。
「……よし、じゃあ久しぶりに野獣のステーキにするか!」
「パンケンにするにゃん?」
にゃんぴんはとぼけるようにアーシスを見た。
「おいおい……ライザさんに殺されちゃうよ…」
ライザの影を思い出し、アーシスは冷や汗をかいた。
◇ ◇ ◇
「まずは……」
アーシスは森で拾った枯れ木を積み、簡易魔法で火を灯す。
「よし、次は……」
ウェアウルフの胴体を一太刀──骨ごとスパッと輪切りにし、串代わりに剣を突き刺し、炙り始める。
「ジュウウゥゥ……」
したたり落ちる脂、こんがりと焦げる皮。塩をふりかけ、旨味の香りが森に漂った。
「よっし、食うか!」
アーシスとにゃんぴんが、肉にかぶりつこうとした──その時。
バサッと茂みが揺れ、異様な気配が放たれる。
──油断していたアーシスが、慌てながら身構えた瞬間──、森の中からうめき声が聞こえた。
「……ずるいぞ……」
「……え?」
──カサカサッ、と音を立てて茂みから現れたのは──、
「いっ……!?……シルティ!?」
「ひとりで……森で……バーベキュー……なんて……」
目を光らせ、ヨダレを垂らす赤髪の剣士。
「いや、違っ……、バーベキューしに来たんじゃないんだ、試し斬りに来たんだよっ……」
ジト目でにじり寄ってくるシルティに、アーシスは思わずたじろぐ。
「わ、わかった、わかった、とにかく、一緒に食べよう」
アーシスがそう言うと、シルティは無言で大きく頷いた。
すると、背後から更なる足音が──ガサガサと音を立てて、アップルとマルミィが現れた。
「ちょっと、抜け駆けはないんじゃない?」
「私も食べたい、です」
「だから、違うって……も〜〜、こうなりゃ、みんなでバーベキューだ!!」
「やったぁぁぁ!!」
アーシスが野獣を捌き、マルミィが火加減を魔法で調整し、アップルが塩加減を指示。
パーティメンバーで分担しながら、次々と肉が焼きあがっていく。
シルティとにゃんぴんが肉を取り合い、笑い声と香ばしい匂いが森に広がっていく。
──いつしか、アーシスの試し斬りは、エピック・リンクの慰労バーベキュー会に変わっていたのであった。
(つづく)




