【123】伝説の鍛冶屋編⑤ 〜魂が宿る場所〜
木の香りが残る工房の中央。
作業台に置かれていたのは、焦げと油にまみれた一本の剣──かつて冒険者の命を預ける武器であり、そして一時はレアステーキを焼くためのフライパンでもあった──。
アーシス、シルティ、アップル、マルミィ、そして浮遊するにゃんぴん。五人が囲むその剣を、ライザとリーネがじっと見つめている。
「……よくもまぁ、ここまで傷めたもんだな」
ライザが眉をひそめながら、顔を近づけて剣身を観察する。
「フライパンがわりに使ってたんだって……」
リーネがぼそっと告げると、
「……なっ……なにぃ……!?」
ライザは素早くアーシスの方に振り向いた。
「し、しぃましぇ〜ん……」
アーシスは反射的に猫背になり、子どものように小さくなって謝った。
──ぐぅ〜〜〜〜。
響く不吉な音に、一同の視線が静かにシルティへ向く。
「……ふん、美味しかったんだろうな、そのステーキ」
ジト目で呟くその口元には、薄っすらとヨダレが浮かんでいた。
「……あの、直せそうですか?」
アーシスの声は不安げで、どこか震えていた。
ライザはその問いに答える前に、ぐっとアーシスを睨みつけ──そして笑った。
「はっはっはっ!その程度で、オリハルコンの光が死ぬかよ!!」
その声に、部屋の空気が一気に明るくなる。安堵と笑顔がメンバーの顔に浮かんだ。
──が、その空気を切り裂くように、ライザが口を開いた。
「……ところで、おまえたち──金はあるんだろうな?」
「……えっ?」
瞬間、空気は凍りついた。にゃんぴんの浮遊軌道すらピタリと止まる。
「僕たちの仕事は、高いよ?」
リーネも笑顔を浮かべて追い打ちをかけた。
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
がびーーーん!!
アーシスたちが一斉に崩れ落ちた。
「……ふふ、なんてな」
ライザがくいっと親指を立てて笑う。
「今回は“復帰祝い”。金は取らないよ」
「……ふふ、これが有名な"スチールフォージジョーク"よ」
リーネもにやけながら続ける。
──パチン。
ライザとリーネは満足げに無言でハイタッチを交わす。
──どことなくグリーピーと同じ空気を感じたアーシスたちであった。
「……しかし、オリハルコン相手となっては、時間がかかりそうだな」
ライザの表情が引き締まる。
「うん……やるからにはキッチリ仕上げる。僕たちの力で、前よりも"いい剣"に生まれ変わらせないと、意味がない」
リーネの声には、確かな覚悟が宿っていた。
──そして、ライザは工房の奥に歩き、壁に掛けてあった一本の剣を取り外すと、くるりと回してアーシスに投げた。
「おわっ!?」
慌てながらアーシスは剣をキャッチした。
「代わりにそいつを持っていけ」
ライザがそう言うと、リーネも微笑んだ。
アーシスは、ゆっくりと鞘から剣を抜き出す。
「ほわ……!」
刃が輝き、思わずシルティが声を漏らす。
それは、純白の光を纏った一本の剣──ホワイトソード。鋭く、しかしどこか優美で温かみのある造形。その存在だけで、“魂”を感じさせる。
「それはね、僕たちが初めて一緒に作った剣なんだ」
リーネが微笑む。
「素材は大したものではないけど、魂は込めてあるよ」
「……い、いいんですか? そんな大切なものを……」
さすがのアーシスも、真顔で尋ねる。
「気にするな」
ライザがアーシスの肩に手を置く。
「剣は使ってこそ。飾っていても意味がない……」
ぐいっと力をこめたその手に、伝わる重みと信頼が宿る。
「……ただし、フライパン代わりにはするなよ」
「か、勘弁してよぉ〜〜〜!!」
のどかな田舎の村の古びた工房に、三年ぶりに賑やかな笑い声が響き渡った。
(伝説の鍛冶屋編・完)




