【122】伝説の鍛冶屋編④ 〜閉ざされていた扉〜
夕陽が山の背を朱に染める頃、ニメタス村の坂道を、砂と泥にまみれた四人と一匹が、疲労の色を滲ませながら歩いていた。
「やっと戻ってきたぁ……」
アップルが腰に手を当てて、ふぅっと息を吐く。
「筋肉が、ぷるぷるしてます……」
マルミィは小声でうめいた。
「重い岩担ぎながら山登りするとは思わなかったぞ……」
シルティも珍しく、疲労の色を浮かべていた。
「けど、これでやっと道が開けるかもしれない」
アーシスは背負っていた布袋をドスンと肩から下ろした。
目の前には、再び訪れた──スチールフォージ工房。
アーシスは迷わず扉をノックし──勢いよく開けた。
「リーネさーんっ!!」
作業机に向かっていたリーネが顔をあげ、驚いた表情を見せた。
「また君たち……って、えっ、どうしたの!? その格好……泥だらけじゃない!」
「へへっ、どうしても剣が必要だからさ、石、取ってきた!」
誇らしげに言いながら、アーシスは布袋をテーブルの上に置いた。
「オリハルコンは無理そうだからさ、その代わり」
「これは……クロムストーン。硬くて扱いにくい鉱石だね……」
鉱石をみつめながら、リーネは呟いた。
「でもまあ、かの有名なスチールフォージ工房なら、余裕でしょ! マーメルさんの顔を立てると思って、よろしく頼むよ! 明日取りに来るからさ、じゃ!」
強引に頼み込むと、アーシスたちは足早に工房から立ち去った。
「ちょ、ちょっと待っ……」
リーネは呆然としたまま、ドアの前に立ち尽くすしかなかった。
◇ ◇ ◇
その夜、村の宿屋。
木造の温かな内装の中、アーシスたちは夕食を囲んでいた。
「うまくいきますかね……」
マルミィがそっと呟く。
「だーいじょうぶ!なんとかなるって!」
アップルは笑顔でミニトマトを咥える。
「うむ、素朴ながら、素材の味を活かした良い料理だな……もぐもぐ」
シルティはもはや話を聞いていない。
「まぁ、"アップルはお姉ちゃん"だからな、アップルがそう言うなら、大丈夫だろ」
アーシスがそう言うと、にゃんぴんも空中にふわりと浮かんで呟いた。
「大丈夫にゃ〜、それより、はやくお風呂に行きたいにゃ〜」
「……だな」
アーシスはにんまりと微笑む。
「……なにを期待してるんだ?……混浴じゃないからな」
シルティが汁をすすりながら呟いた。
「ばっ、そ、そんなこと考えてねぇよ!」
アーシスの顔は耳まで赤くなっていた。
◇ ◇ ◇
夜のスチールフォージ工房。
ろうそくの火が揺れる中、リーネは一人、クロムストーンを打っていた。
カン、カン──
「硬っ……」
マナを通したハンマーが弾かれ、火花を散らす。
(……こんな時……姉さんがいてくれたら……)
心の奥から、懐かしい後悔の念が立ち上がる。
◇ ◇ ◇
翌日。
アーシスたちは再び工房の前に立っていた。
扉を開けると、リーネが申し訳なさそうに顔をあげる。
「……ごめんなさい。僕では無理だった……」
作業台の上には、形にもなっていないクロムストーンが転がっていた。
「あれ、スチールフォージ工房では、どんなに硬い鉱石でも武器に出来るって噂、聞いてきたんどけど……」
わざとらしくアーシスが言うと、困ったようにリーネは呟く。
「そ、それは……姉さんが……」
「じゃあ、お姉さん呼んで来てよ!2人でやってるんでしょ?」
横からアップルが口を挟む。
「………もう、いないんだ…」
「なんで?」
「……僕の腕が上がらないから、愛想を尽かして出ていってしまったんだよ……」
リーネは背を向け、小さく呟いた。
(やっぱり、誤解があるね……)
アップルは仲間たちと目を合わせ、小さく頷いた。
「……何があったんですか?」
◇ ◇ ◇
──三年前。
工房に、激しい怒号が響く。
「なんだこれは!……魂のかけらも感じられん!こんな剣に、スチールフォージの名を刻めるか!!」
──その剣は、見た目にはとても細かく綺麗な装飾がされていた──しかし、ライザはその剣を床に投げつけた。
涙を目に溜めたリーネは、作業部屋へ駆け込んだ。
「う……うう……」
リーネは泣きながら、マナを消費する特殊なハンマー《陽炎の聖鎚》を手に取り、マナを流す。
──リーネは、ライザの言うことはもっともだと理解していた。いつの間にか、貴族好みの仕事が手に染み込んでしまったこと、あの頃のようにがむしゃらに鍛冶に向き合えていないこと、思い通りに武具を完成させられないこと、その悔しさから涙が溢れていた──。
その日、リーネは遅くまで魔導鍛冶を続けていた。
無理をしながらも限界に挑んでいたが、どうしても思い通りの仕上がりにはならなかった。
その剣を見ながら、憔悴したリーネはぽつりと呟いた。
「……もう限界かも………私は、姉さんみたいにはなれないかな……」
──その時、背後に人の気配がした。
リーネが振り返ると、そこにはライザが立っていた。
ライザは静かに背を向け、
「……そうか……それじゃあ、解散だ…」
そう言って、そっと扉を閉じた。
◇ ◇ ◇
「……それ以来、姉さんとは会ってない」
顔を伏せるリーネに、アーシスは明るく話しかける。
「じゃあさ、姉さんと一緒にやっていくのが"限界"って言ったわけじゃないんだね?」
「……まさか、僕がそんなこと言う訳……」
リーネが顔を上げたその時──
ギイ……と、工房の扉が静かに開いた。
そこには── 紺色のポニーテールの長身女性、ライザが立っていた。
「!!……姉さん……」
手には一本の未完成の剣。
「……この剣、精密な魔導細工を施すよう依頼を受けたが、私では無理だった……やっぱり、お前の力が必要だ……」
ライザは呟いた。
「……僕も……僕の力じゃ、硬い石は打てない……姉さんがいないと、やっぱりダメだよ…」
静かに語るその声に、震えが宿る。
少しの沈黙の後──ライザが深く頭を下げた。
「すまなかった、リーネ……お前に期待するがあまり、厳しくしすぎて……お前が"私と一緒にやっていくのを限界"と言ったのだと、そう思っていたんだ……」
「……え……そんな!?」
二人の瞳に、同時に涙が浮かんだ。
そこに、ふらりとにゃんぴんが現れ、壁の写真の上にちょこんと乗る。
「ふたりとも、同じ写真をお家に飾ってるにゃん。仲良し姉妹にゃ〜」
「ね、姉さん……」
「リーネ……もしお前が許してくれるなら、もう一度一緒にやらないか……?」
その言葉を聞き、リーネはライザの胸に飛び込んだ。
「姉さんのバカ!……許すも何もないよ!……最初から、怒ってなんかないんだから……」
ライザの頬にすうっと涙が流れ落ちる。そして、そっとリーネを抱きしめた。
アーシスたちは、そっとその場を見守っていた。
(つづく)




