【121】伝説の鍛冶屋編③ 〜ポツンと一軒家〜
ヤトソ山脈を登る途中、険しい坂道を抜けると、木々に囲まれた小高い丘の先に──それは、ぽつんと佇んでいた。
「……あそこか?」
アーシスが木々の隙間から指をさした。
「うん、たぶん間違いないです」
マルミィが頷く。
「まーた、山奥まで歩かされて……ったく、こういう時に限って馬車が通ってないし〜」
アップルが汗をぬぐいながら文句を言うと、にゃんぴんがふわりと浮かびながら言った。
「にゃ〜、鍛冶屋ってのは、昔から山に籠もるもんらしいにゃん」
そして、アーシスは扉の前に立ち、拳を握って、ノックした。
「すみませーん!」
しばらくの沈黙。
そして、ギィ……と重たく軋む音と共に、扉が開かれる。
現れたのは──、淡い紺色の髪をポニーテールにまとめた、長身の筋肉質な女性。両肩が大胆に破かれた服の下、鍛え抜かれた二の腕が鋭く光を反射していた。
「……なにか用か?」
低くて落ち着いた声に、全員が一瞬たじろぐ。
「あ……ライザさん、ですよね? あの、村長さんに聞いて……実は、剣を──」
「悪いが、他をあたってくれ」
無慈悲に遮ると、ライザは扉を閉めようとする。
「ちょ、ちょっと待って! 紹介状があるんです!」
アーシスは慌ててポーチからマーメルの手紙を取り出し、差し出した。
「……マーメルの紹介か……。しょうがない、見せてみろ」
アーシスは、そっと剣を包む布を外す。
その瞬間──
「……こ、これは……オリハルコン!?」
ライザの瞳が見開かれ、まるで電気が走ったように鋭さを帯びる。
だが──
「……悪いが、ここでは無理だ。帰ってくれ」
ライザは再び静かに告げた。
「──あ〜あ、やっぱり"一人じゃ無理"なんですね」
アップルのその一言に、ライザの表情がピクリと動いた。
「……なに?」
「ライザさん……実は、ここに来る前に、リーネさんのところにも寄ってきたんだ。……リーネさんも、同じように"自分じゃ無理だ"って言ってた」
アーシスの声は、どこか優しい響きを持っていた。
「……ふん」
ライザは視線を逸らす。
「一人じゃ無理でも、二人ならできるんじゃないですか?」
「やめろ!」
ライザの声が鋭く跳ねた。
「……私たちはもう、一緒に打つことはない」
その時、すぅ……と、空中を漂っていたにゃんぴんが、部屋の壁に飾られた一枚の写真に近づく。
そこには、作業台の前で笑い合う二人の女性──姉妹の姿が写っていた。
「でも、この写真のふたり、仲良しにゃ〜」
「そ、それは……」
「この写真、リーネさんの工房にも飾ってありました……」 マルミィがそっと添える。
「……なっ……そ、そんな……」
ライザの顔が驚きと困惑で揺らぐ。
「本当です。ライザさん……何があったか、話してくれませんか?」
アーシスの声は、穏やかでまっすぐだった。
──ライザはゆっくりと窓辺へ歩み、カーテンの隙間から遠くの山並みを見つめながら語り出した。
「……リーネは、魔導細工の第一人者だった。繊細で、でも芯が強い、素晴らしい鍛冶師だったよ。わたしとは正反対で……だからこそ、二人で組んでこそ、完璧な武具が生まれたんだ」
写真へと視線を移す。
「貴族に気に入られたこともあって、私たちの工房は有名になった。……小さな村からの成功……私たちは"夢が叶った"と喜びあったよ」
アーシスたちは静かにライザの話に耳を傾けている。
「──だが……わたしは満足できなかった。
貴族のお気に入りのお飾りを作るのではなく、魂を込めた"本物の武具"を作りたい……そんな気持ちが膨らんでいったんだ。
──それから、私たちは小さなことで言い争うようになった……そしてある日、出来上がった武器に満足がいかず、わたしはリーネを激しく叱責した……リーネは涙をこぼして工房の部屋にこもった。
……しばらく時間が経ち、言い過ぎだと思ってリーネの元へ行くと、リーネは「もう限界」と言ったんだ……」
瞳を潤ませてライザは続ける。
「……今思えば、わたしは自分の苛立ちをリーネにぶつけていたのかもしれない……こんな姉じゃ、愛想をつかすのも当たり前だ……」
静まり返る部屋の中で、アーシスが静かに口を開く。
「でもさ、そんな人が、姉妹の写真を飾ってるかな?」
ライザはハッと、目を見開く。
「きっと……何か誤解があったんじゃ」
アーシスはまっすぐに彼女の目を見つめていた。
──その時、アップルが急に前に出てきた。
「ふふん、私にいい考えがあるわ」
一同は顔を見合わす。
「まずは──採掘よ!!」
「……は?」
アーシスたち全員が顔を見合わせる中、アップルだけがニヤリと笑っていた。
(つづく)




