【120】伝説の鍛冶屋編② 〜スチールフォージ工房〜
ヤトソ山脈のふもと、ニメタス村。
牧草地が広がり、緩やかな丘を牛たちがのんびり歩き、道端では村の子どもたちが木の枝で剣の真似事をしては笑い合っていた。
「……すごいのどかだなぁ」
「お弁当、持ってくればよかったですね……」
マルミィとアップルがそんな言葉を交わす中、アーシスは一枚の木製看板の前で足を止めた。
《スチールフォージ工房》──
看板の文字はやや色褪せていたが、重厚な彫りが今も残っている。
「ここか……」
アーシスが拳を握り、勢いよくドアをノックした。
「すみませーん!」
しばらくの静寂の後、カチャリと音を立てて扉が開く。
現れたのは、淡い紺色のショートウェーブを揺らす若い女性だった。
「……なにか?」
目元に疲れを宿しながらも、声は優しかった。
「実は……剣のメンテナンスをお願いしたくて」
アーシスの申し出に、彼女は首を横に振った。
「……ごめん。今は、新しい仕事は受けてないんだ」
静かに扉を閉めようとしたその瞬間──
「ちょ、ちょっと待って!紹介状があるんです!」
「紹介状……?」
アーシスたちは慌ててマーメルから預かった手紙を差し出した。
「マーメルの紹介……か」
彼女の表情にわずかに変化が現れる。
「はい!俺はアーシス=フュールーズ!冒険者育成学校の2年生で、こいつらは──」
「くすっ、全部これに書いてあるよ」
手紙を読みながら、彼女は初めて笑った。
その笑顔はとても柔らかく、そして少し寂しげでもあった。
「僕は、リーネ=スチールフォージ。よろしくね、エピック・リンクのみなさん」
「よろしくお願いします!」
「……それで、その剣って?」
アーシスは肩から背負っていた包みを下ろし、布をほどいた。
中から姿を現したのは、かつての光を失い、焦げや油汚れで真っ黒になった剣だった。
「こ、これは……オ、オリハルコン……!?」
一瞬でリーネの目の色が変わる。
「街の武器屋のおっさんじゃ、メンテできなくて……それで、マーメルさんにここを紹介してもらったんです」
「……そういうことか……それにしても……変わった損傷だね。焼けたような痕まで……」
「こいつ、剣をフライパンにしてやがったんです」
シルティの非難に、アーシスは小さくなって指をツンツンさせる。
「……うう、だって……こんないいもんだって知らなかったし……」
「……あははっ、面白いね君たち」
リーネは心の底から楽しそうに笑った。ほんの少しだが、場の空気が柔らかくなる。
──だが次の瞬間、リーネの表情は曇った。
「……でも、ごめん。これは……僕じゃ、無理だ」
◇ ◇ ◇
工房を後にしたアーシスたちは、村の道端で腰を下ろしていた。
「はぁ……ここでもダメかぁ……」
「せっかくマーメルさんが紹介してくれたのに……」
肩を落とす一行に、マルミィが小さく呟いた。
「……あの時、マーメルさん"あの二人なら"って言ってたような……」
「二人……」
アーシスも視線を落とし、考え込む。
──その時。
「……旅のお方……」
背後から響いたのは、まるで亡霊のような低い声。
「ひゃぁああああ!!」
アップルは悲鳴とともに飛び上がり、アーシスが反射的にキャッチ。お姫様抱っこで華麗に着地する。
──しかし、振り返ると、そこにいるのはオバケでも妖怪でもなく、ただの老人だった。
「……って、ただの、おじいちゃん!?」
大きな帽子をかぶった初老の男性は、にこにこと微笑んでいた。
「いやはや、驚かせてすまんな。わしはこの村の村長じゃ」
「……なんか、こっちもすみません……」
気まずく頭を下げる一行。
「おぬしたち、この工房に用があったんかい?」
「……そうなんだけど、断られちゃって…」
「……ふむ、そりゃあ仕方ないな」
そう言って、村長はゆっくりと語り出した。
「このスチールフォージ工房はの、リーネとその姉ライザ、二人で開いた工房じゃった。
力と魔導、正反対の才能が見事に噛み合った、伝説の姉妹鍛冶師だったんじゃ」
「姉妹で……」
「……じゃが、数年前に何が原因か、仲違いしてしもうてな……姉のライザは村を出てしもうた。
それ以来、姉妹は共作しとらんのじゃ……」
「そんな……」
アップルは思わず口にする。
「……でも、二人で共作すれば、この剣も復活させられそうだよな!」
アーシスは前を向く。
「……だけど、どうすれば…」
マルミィの発言に、沈黙が落ちる。
──その時、ふらっと空中に浮いたにゃんぴんが呟いた。
「さっきの工房の壁に、仲良さそうな姉妹の写真が貼ってあったにゃん〜」
「!!」
「……てことは…」
「うん」
「仲直りの可能性、あるよな……!」
アーシスが立ち上がり、村長を見据える。
「村長さん!そのお姉さんの方、ライザさんの居場所を教えてくれ!」
少年の瞳に、強い意志が宿っていた。
(つづく)




