【116】斬剣祭《ザンケンサイ》編⑧ 〜最終決戦《前編》〜
魔導スピーカーが重低音を轟かせ、特設闘技場「聖刃環」が最高潮の熱気に包まれていた。
王都イシュヴァルの空の下、万を超える観客が固唾を呑んで見守る中──
「さあ!ついにやってまいりました、斬剣祭決勝戦!
最後を飾るのは、この二人──!!」
実況の叫びと共に、中央に設けられた白銀の円形ステージへと、二人の若き剣士が姿を現す。
一人は、漆黒のマントをなびかせる剣士、分校代表アーシス=フュールーズ。
そしてもう一人は、静かなる猛禽、本校の孤高なる剣士、トルーパー=リビンズ。
「ぐぬぬ……この一戦だけは落とせん……」
本校の応援席では、ダンバイロンが歯噛みしていた。
一方、パブロフはただ、無言で煙草を咥え、闘技場を見つめる。
「うーむ、どっちを応援すればいいんだっけ……」
観客席の片隅で、ダークデンジャーは顎に手を当てて首を傾げていた。
「……はじまりますね」
「……ああ」
スターリーは薄暗い部屋で、男と2人、魔導モニターを見つめる。
「斬剣祭最終試合のステージは── 聖刃円環!!
最後はタネも仕掛けもない、荘厳なる剣舞闘技場だ!
勝敗を決するのは──剣技のみ!!」
実況の叫びが会場に響き渡り、地鳴りのような歓声が湧き起こる。
それぞれの控え席では、戦いを終えた生徒たちが、険しい表情でステージの2人に視線を送る。
アップルとマルミィは祈るように手を握り、ナーベは不安の影をほんのりと帯びながらも、真っ直ぐにアーシスを見つめる。
にゃんぴんはマルミィの頭の上に寝そべりながら、闘技場をちらりと見ている。
──それぞれの想いが交差する中心で、今、最後の戦いが始まろうとしていた。
「いけぇぇぇぇ!!アーシス!!」
観客席からバペットが叫んだ瞬間──
「最終戦──開始!!」
ついに審判が手を上げた。
──瞬間、アーシスは地を蹴り上げる。砂煙が巻き上がり、鋭い剣閃がトルーパーに迫る。
「速い……!!」
控え席のルールーが叫ぶ。
──ガキィィン!!
響き渡る金属音。
アーシスの一撃は、寸分違わずトルーパーに受け止められた。
アーシスはバク転で距離を取り、左右へ素早くステップ、残像を作りながら再び飛び込んでいく。
だが──トルーパーは微動だにせず、その剣で迎撃する。
「……くそ」
すぐさまアーシスは飛びかかり、上下左右から斬りつけるが、すべての剣は完璧に防がれる。
控え席でダルウィンが眉をひそめた。
「……読まれている?いや、これは──」
シルティが息を呑んだ。
「黒目が……揺れている?」
トルーパーの瞳の奥で、魔力が脈動していた。
「うおりゃぁぁぁ!」
アーシスは休むことなく攻撃を続ける。
──「……残念だけど、君の剣は届かないよ」
観客席の隅でダークデンジャーが呟いた──。
「……ぐはっ!!」
トルーパーの肘打ちが、アーシスの胸元へ突き刺さる。
──「──"先読剣"!?」
薄暗い部屋で、スターリーが問いかける。
「……そうだ。生まれながらにその目に宿る、スキルギフテッド。彼の目には、相手の剣が届く前に──その剣筋が見えるんだ」
静かに男は答えた。
「……!!」
スターリーは振り返り、心配そうにモニターを見つめる──。
「ごほっ、ぐふ……」
咳き込みながらも立ち上がり、アーシスは再び剣を構える。
「……無駄だよ。君の剣は、僕には届かない」
トルーパーは冷たく言い放つ。
(……くそ、何か仕掛けがあるのか?)
あまりにも正確で素早い反応に、アーシスも違和感を感じていた。
(……揺さぶってみるか…)
ジリ、とゆっくり構え、そして──
「おりゃああ!!」
アーシスは斬りかかりながらも、トルーパーの動きに集中し、観察する。
アーシスのすべての攻撃が、剣を振る前に察知され、受け止められていく。
大きく振り下ろしたアーシスの剣先が、半歩後退したトルーパーの鼻先ギリギリを通り過ぎる。
「……!!」
アーシスは、肩で息をしながら距離を取った。そして──
「ふぅーーーーーーーっ」
大きく息を吐いた。
「……ごちゃごちゃ考えるのはやめだ──剣が届かないのは、俺が"遅い"からだ……。
……なら、もっと速く、剣が届くまで速度を上げるまでだ!」
ふっきれた表情のアーシスは、再び剣を構える。
「行くぞぉぉ!!」
アーシスは大きく跳躍し、空中の魔導結界を蹴り、反動でトルーパーを急襲する。
その速度は、常人の目では追えない。
──ギン!!
──ガッ!!
──ザッ!!
空中と地上を駆け抜ける激突の連続。
観客席が騒然とする中、アーシスは叫んだ。
「もっと速く!!もっと速く!!」
血のにじむ足を踏みしめ、さらなる速度で飛び込む──。
──刹那。
アーシスの剣が、トルーパーの頬を浅く切り裂く。
「……な──」
「……速さが、先読みを越えただと!?」
ダークデンジャーが仮面の下で叫んだ。
倒れ込んだトルーパーに、観客席からはざわめきと歓声が入り混じる。
──「よっしゃ!」
スターリーが叫び、隣の男はにやっと笑う──。
片膝を立てて立ち上がるトルーパーは、流れ落ちる血を手で拭いながら呟いた。
「はじめてだよ……こんなこと……」
「へへっ」
剣を振り上げ、剣先をアーシスに向けながら、トルーパーはゆっくりと口を開く。
「僕の剣が、"受け"だけではないことを、見せてあげるよ」
アーシスは剣を構え直す。
歓声の渦の中、戦いは後半戦へと続いていく。
(つづく)




