【115】斬剣祭《ザンケンサイ》編⑦ 〜誰が為に剣は振る〜
「よーしよしよしよし!!」
客席の片隅で、バペットが歓喜の声を上げた。
賭け札を握りしめ、額には玉の汗。先ほどまで半べそだった表情は一変し、歓喜のガッツポーズをとっている。
一方、遠く離れた場所──王都の一角にある、とある静かな建物の一室。
魔導スクリーンに映る闘技場の映像を見つめながら、スターリー=ハイロードは静かに微笑む。
(あの子……強くなってる)
◇ ◇ ◇
分校側控え席。
「……ダルウィン、お前の相手、王国騎士団長の娘だってな……注意していけよ…」
アーシスの心配そうな声に、ダルウィンはふっと笑って応える。
「アーシス、心配するな……必ずお前に繋げる!」
その確信に満ちた言葉に、空気がぐっと引き締まる。ダルウィンの正義は、まっすぐなだけでなく、仲間の心を照らす光でもあった。
一方、本校の控え席では——
「ちっ、ファナス!あんたは負けるんじゃないわよ!」
不機嫌そうにルールーが毒を吐く。
ファナス=ヴァイリンは視線を真っ直ぐに、静かに立ち上がる。
「……私は、負けるわけにはいかない」
誰に言うでもなく呟いたその言葉には、鎖のような重みが宿っていた。
◇ ◇ ◇
闘技場内、再び熱を帯びる観客席。
魔導スピーカーが大音量で響く。
「さぁ!斬剣祭第四試合──いよいよ大詰めです!ステージは《剣影迷宮──ブレイド・ラビリンス》!」
魔導障壁で形成された立体的な迷宮。
無数の壁と通路が交錯し、追う者と逃げる者──剣の心理戦が展開されるに相応しい舞台だ。
「登場するのは!王国騎士団長の娘、鉄壁の防御と流麗な連撃を併せ持つファナス=ヴァイリン!!」
ファナスが姿を現すと、観客席には騎士団長自身の姿も映し出され、会場がどよめく。
「そして──正義をその剣に宿す、分校の天才剣士、ダルウィン=ムーンウォーカー!!」
激しい歓声の中、二人は別々の入り口から迷宮へと転送された。
◇ ◇ ◇
迷宮内部。
ダルウィンは鋭い視線を巡らせ、静かに歩を進める。
ふと、角の向こうに人影が走り去る──。
「………」
ダルウィンは目を細め、そしてその人影を追う。
警戒しながら、そっと角の向こうを探ったその瞬間──背後から殺気。
振り下ろされた一撃を、背中の剣で受け止める。
「……やっぱり、罠だったか」
ダルウィンは冷静に言い放つ。
「チッ……」
舌打ちとともに、ファナスは剣を振り回し、あたりに塵を巻き上げて姿を消す。
──再び慎重に歩を進めると、次の角を曲がった瞬間、くないが数本飛んでくる。
「おっと……」
ダルウィンはそれを剣で叩き落とす。
「……忍者みたいな武器も使うんだな」
ふぅ、とため息をついたダルウィンが叫ぶ。
「君は剣士だろう!小手先の勝負はせず、正々堂々と戦わないか!?」
声が迷宮に響く── その言葉に、迷宮の奥でファナスが反応する。
ダルウィンは続けて叫ぶ。
「……それとも、これが”王国騎士団”の戦い方かい!?」
──沈黙ののち、ゆっくりとファナスが姿を現した。
ダルウィンは、ふっと口元を緩ませる。
──来賓席の騎士団長は、険しい表情で「馬鹿め……」と呟く──。
ジャキ…。
ファナスは正面から剣を構える。
「……お前など、相手ではないということを、わからせてやろう」
「……望むところだ」
それを受けるようにダルウィンも剣を構える。
ジリジリと距離を縮め、そして、
同時に踏み込み──激突!!
ガキィィィィン!!
剣と剣がぶつかり合った衝撃波が、ステージを囲む結界を揺らし、観客席はどよめく。
火花を散らしながら、激しい打ち合いが続く。
「はっ、はぁっ!!」
「む、とぉ!!」
ファナスの剣を横に跳びかわしたダルウィンは、魔法障壁を蹴り返し反撃の一撃を放つ。
ファナスは飛び上がり、後方宙返りでその剣をかわす。
一瞬の油断も許されぬ斬り結びに、息を呑む会場。
「……負けるわけには、いかない」
か細い声で呟くと、ファナスは再びダルウィンに襲いかかる。
その形相はまさに死に物狂い──。
さらにスピードと重みを増した剣を、ダルウィンは受ける──その衝撃でお互い後方に吹き飛んだ。
ゆっくりと体勢を整えたダルウィンが、口を開く。
「……必死だな……"騎士団に泥を塗ることは許されない"、といった感じかな?」
「!?……お前に何がわかる!」
ファナスは一気に感情を爆発させる。
「……わからないよ……わからないけど、"その剣"では、僕には勝てない……」
剣を自身の正面に立て、ダルウィンはまっすぐな眼差しで言い放った。
「!!……ふざけるな…」
ファナスは剣を強く握り、中腰になって地面を踏み締めた。
肩に力を込め、全身のエネルギーをギュッと一点に集中させていく──!
「くらえ、《三重剣撃波─トリプルブーム》!!」
大きく振り抜かれたファナスの剣からは、三日月型の斬撃波が、空を切り裂くようにいくつも飛び出した。
──しかし、ダルウィンは地面を強く蹴り、恐れる事なく、前へ。
左右の斬撃波が、ダルウィンの肩口や脇腹を切りつける──が、飛び散る鮮血を気にもせず、ダルウィンは突き進み、ファナスの目前に飛び込んだ。
「……な!!」
ファナスの剣は弾き飛ばされ、次の瞬間、ダルウィンの柄頭が彼女の腹に突き刺さる。
「ぐはっ……」
ファナスは崩れ落ち、意識を失う。
──静まり返る会場に、実況の声が響き渡る。
「勝者、分校──ダルウィン=ムーンウォーカー!!」
観客席が歓声で揺れた。
──ダルウィンは自らのポーションを、ファナスの傷にそっと注ぎかける。
──意識を取り戻したファナスは、ダルウィンを見上げる。
「君は……誰のために剣を振っているんだい?」
ダルウィンは優しい目で語りかける。
「うるさい……私の苦しみが……お前にわかるか……」
ファナスは目を逸らして答える。
「……僕はね、将来、騎士団に入ろうと思っている」
ダルウィンの意外な言葉に、ファナスは驚いた表情で振り返る。
「……でもね、今の騎士団は嫌いだ。冒険者を見下し、本当に守るべきものが何なのかを見失っている」
「………」
ファナスは真剣な表情で、ダルウィンの話に耳を傾ける。
「だから、……冒険者になって、冒険者として騎士団に入り、中から騎士団を変えるつもりだ!」
ダルウィンは、真剣な眼差しで空を見上げる。
「ば、馬鹿な……そんなこと、できるはずが……」
突然の突拍子もない話に、ファナスは混乱、動揺を隠せない。
「ふっ……親とか、王国とか、しがらみに気持ちを揺さぶられているうちは、僕には勝てないよ。
──剣は、己の"正義"に従い振るもの、だからね」
そう言ってダルウィンは手を差し出した。
──彼女は一瞬ためらい、そして少し複雑な表情で、その手を取った。
魔導スピーカーから実況の叫びが轟く。
「これで戦績は2対2! 次が最終戦だぁぁぁぁあ!!」
──歓声が、闘技場を揺らした。
(つづく)




