【113】斬剣祭《ザンケンサイ》編⑤ 〜拭えぬ、ジェントル〜
第一試合の興奮が冷めやらぬ中、会場にはなおも熱気が渦巻いていた。
王都イシュヴァルの特設闘技場、聖刃環。
魔導スピーカーからは実況の高揚した声が響き渡り、観客の歓声にかき消されそうになりながらも、選手たちの気迫は確かにステージに刻まれていた。
そんな中、本校控え席では、試合を終えたドムスが汗をぬぐって座っていた。筋骨隆々の腕がまだ震えている。
「……あいつ、すごいな」
無口な剣士、トルーパー=リビンズがぽつりと呟いた。
「いやまぁ、ガッツは認めるけど、結果はドムスの完勝だよ?」
ルールーが冷たく言い放つ。
「……あいつじゃなくて、あいつ」
──トルーパーの視線の先にいたのは、アーシス。
「……すごい速さだった」
◇ ◇ ◇
魔導スピーカーが場内に再び響く。
「さあ続いては、第二試合!重力圧縮領域が展開されます!」
その声とともに、ステージの上空が歪み、透明な魔導壁に囲まれたドーム空間がゆっくりと具現化されていく。
「この領域では、通常の1.8倍の重力がかかる!身体が重くなる中での剣技が試される試合だぁ!」
選手名が読み上げられる。
「まずは、本校代表・ルールー=キャンルーム選手!
可憐な二刀流剣士、登場だ!」
場内にきらきらと魔法の星が舞い落ち、そこに二刀を携えた小柄な少女がひらりと舞い降りる。
腰まで届くストレートヘア。小悪魔的な吊り目に、観客席の男子からは「ルールーちゃーん!!」と黄色い声が飛んだ。
しかし当の本人は口角を上げ、ふんと鼻を鳴らす。
「対するは分校から──静かなる剣の求道者、パット=クレマシー!!」
パットはゆっくりと入場する。飄々とした表情に、やる気があるのかないのか、いつもの調子だ。
応援席からはプティットの鋭い声が飛ぶ。
「パット、しっかりやりなさいよーっ!」
「……はいはい」
パットは片手に細身のロングソードを持ち、飄々とした足取りでステージに上がった
ゴォォ……。
領域が完成した瞬間、空気が重くなる。まるで空そのものがのしかかってくるような圧迫感。
「試合、開始!!」
ルールーが一気に距離を詰めてくる。そのスピードに、パットは目を見開いた。
「はやっ……!」
彼女の二刀が連撃を浴びせる。しかし、グラビティ・アリーナの影響で、彼女の体は僅かに遅れていた。
パットはその隙を突くように一歩踏み込む。ルールーの刃が風を裂き、パットの頬をかすめる。
その瞬間、剣と剣が激しくぶつかり合い、魔力の火花と衝撃波が辺りに散った。
観客たちが息を飲む中、実況が叫ぶ。
「おっと!このステージは華奢なルールー選手には不利か!?
重力が、彼女のスピードを奪っているかぁっ!?」
「うるさい!!」
休む間もなくルールーは攻め立てる。
──ガキィンッ!
鋭く火花が飛び散る。
ルールーの細身の二刀が重力の影響をものともせず、獣のように襲いかかる。
「はっ、はっ、はぁああぁっ!!」
ルールーの剣筋はしなやかで鋭く、その動きに追いつくのは至難。
しかしパットは飄々と受け流し続けた。
「重いな……この重力、たしかにやりにくい」
それでも、パットの剣は無駄な動きをせず、最短で軌道を封じていく。
足場は少しずつ不安定に揺れ始め、剣撃のたびに衝撃波がはしる。
「ちょこまかと……っ!なんで当たらないのよっ!」
焦りを隠せないルールー。
一方、パットの額には汗が浮かびながらも、集中を絶やさないまま、絶妙な間合いで攻撃を捌いていく。
(重力……それに焦り。自分で自分を追い詰めてやがる)
刃がぶつかるたびに石片が砕け飛び、重圧のせいで息を切らせながら、ルールーは乱れた剣筋で連撃を繰り返す。
「くそ、くそっ……なんで負けないのよっ!」
その瞳には涙が浮かんでいた。
思い通りにいかず、苛立ちと焦りで攻撃は荒くなっている。そんな彼女の瞳を見て、ふとパットの動きが鈍る。
(なんか……ちょっと、かわいそうだな……)
──その一瞬の油断が、勝負を決した。
「──《二天連牙》!!」
ルールーは大きく跳び上がった。
両手の剣が光を纏い、双龍のごとき軌道で振り下ろされる。
「おわっと……」
剣の初動が遅れ、ルールーの剣を受けきれず、パットはバランスを崩した。
刹那、重力の歪みと足場の揺れが一気に崩れた。
「──今よっ!!」
ルールーの片手の剣が、パットの肩に浅く食い込む!
そして、その一瞬の隙を突いて蹴りを放ち、パットは宙へ弾き飛ばされた。
「──っく!!」
地面に叩き落とされ、転がるパット。
──すでに立ち上がることはできなかった。
「勝者、本校代表・ルールー=キャンルーム!!」
実況の声が会場に響く。
「……ふん、当然よ……」
切れる息を隠すように細かく息をしながら、ルールーは平然を装っている。
しかし、その顔には安堵が浮かんでいた。
歓声と悲鳴が交錯する中、ステージの外でそれを見ていたプティットがつぶやく。
「あいつ、女に甘いからこうなるのよ…」
「さぁ、追い込まれた分校!!このままストレート負けとなってしまうのか!」
実況の煽りが魔導スピーカーから響き渡る。
観客席も次第にざわめき始める。
「次で決まっちゃうか?」
「結局、いつも通りだな……」
それでも、アーシスは目を伏せることなく仲間の背中を支えるように言った。
「……まだだ。まだここからだ!!」
パットに肩を貸しながら言うアーシスの声に、応援席のアップルとマルミィの目にも再び力が灯る。
その時、パブロフの隣に、魔導スケーターで滑るように近づいてきた人物がいた。
「だーっはっはっは!例年以上の実力差だな!パブロフ、お前も辛かろう?
これ以上、恥をかく前に棄権するのも手だぞ?」
髭面を揺らして笑う本校の顧問、ダンバイロン。
しかしパブロフは無言のまま、アーシスたちの方を鋭く見つめていた。
──その目が、まだ終わっていないことを語っていた。
「……頼むぞ、シルティ」
アーシスが静かに言った。
「……任せておけ」
少女剣士が無言で一歩を踏み出す。空気が変わった。
「続いては第三戦! シルティ=グレッチ VS ペパールト=グレッチ!血縁の因縁を超えて、勝利の刃はどちらに輝くのか──!!」
(つづく)




