【110】斬剣祭《ザンケンサイ》編② 〜はじめての王都"イシュヴァル"〜
石畳を打つ馬車の音が、王都イシュヴァルの大通りに心地よく響いていた。
「おおおおっ、すっげぇええ!!」
アーシスが窓から身を乗り出す勢いで声を上げる。
王都イシュヴァル。
荘厳な宮殿建築に、魔導式の浮遊カートが行き交い、舗装された街路には香水と魔力の香りが混じる。
商店の看板には魔法仕掛けの文字が光り、露店の品々には高級品が並んでいた。
「この空気……ちょっと、香料強すぎない?」
パットが鼻をつまみながら言う。
「ほぇぇ……人もお店も……全部きらきらしてる……」
マルミィは目をぐるぐるさせながらアップルの腕にしがみつく。
「これが……王都……」
シルティも珍しく呆けたような顔で街並みに見入っていた。
「フッ……ま、田舎者には眩しすぎる世界だよな」
グリーピーは腕を組み、鼻を鳴らしていた。
馬車から降りたアーシスたちは、早速目に入った露店の食べ歩きに飛びついた。
焼き立てのチーズパイを頬張るアーシス、串焼きをかじるシルティ、それをスケッチしているマルミィ。
──その時だった。
「やれやれ、どこの田舎者が騒いでるかと思ったら……分校の猿どもか」
鼻につく声とともに、街角から三人の本校生が姿を現す。
一人は、長い睫毛の毒舌美少女、ルールー=キャンルーム。二刀を背負いながらも涼しげな顔をしている。
もう一人は、金髪に似合わぬ意地の悪い笑みを浮かべた少年、ペパールト=グレッチ。
そして最後は、全身が筋肉でできたような巨体の剣士、ドムス=バンディス。
「冒育の格式が下がるわ……恥ずかしい行動は謹んで欲しいものね」
ルールーはため息まじりに言った。
「……なんだこいつら…」
アーシスが呟くと、アップルが小声で囁く。
「……あの制服……たぶん"本校"の生徒よ。もしかしたら、明日の対戦相手かも……」
「君たち、本校の選抜なのかい?」
パットがさらっと問いかける。
「あら、ってことは、君たちが分校代表?……ふ〜ん、なんか期待外れかも。華奢な私の剣、折らないでね」
ルールーはパットを蔑むような目で見ながら小馬鹿にした。
すると、後ろにいた金髪の少年がニヤつきながら口を開いた。
「そこにいるのは田舎の姫さまじゃないか。兄弟に勝てなくて逃げた子でも、分校では選抜になれるんだね……くくく」
「………」
シルティは無言を貫く。
「……シルティ、あいつ知り合いか?」
重苦しい雰囲気を割くようにアーシスが囁く。
「……ああ、故郷の従兄弟だ。たぶん……交換留学生としてイシュヴァルに来てるんだと思う」
一触即発の空気が流れたその時──
「がしゃん、がしゃん、がしゃん……」
重低音のような金属音とともに、異様な存在が現れた。
「おっとっとー、これはこれは、にぎやかでケンカ日和ですねぇ?」
現れたのは、全身を銀と黒のフルプレートアーマーで覆った謎の人物──ダークデンジャーであった。
頭にはフルフェイスのヘルム、声は金属音混じりでボイスチェンジャーを通しているようだった。
「お前は……」
アーシスが見上げると、ダークデンジャーは手を腰に当てて堂々とポーズを取っていた。
「分校も本校も、この場では無用の争いは禁止ですよぉ? ケンカする子には、鎖魔法をぺたんと張り付けますからね〜?」
その奇妙なテンションに、ルールーたちも唖然とする。
──その時。
「トルーパー、ファナス、もういい加減行こうぜ」
近くのカフェから出てきたのは、本校代表の剣士トルーパー=リビンズと、その隣には冷ややかな目をしたファナス=ヴァイリンの姿。
「……!!」
ダークデンジャーはその瞬間、背筋をピンと伸ばすと──
「消失!」
風が一陣、通り過ぎた。
……そこにいたはずのフルアーマーの姿は、跡形もなく消えていた。
「今の……」「すげぇ消え方だったな……」
「なんだったんだ、今のは」
ペパールトが小さく呟く。
入れ替わるように現れたトルーパー。
その背は堂々としており、どこか人を寄せつけない空気をまとっていた。
「……」
アーシスとトルーパーの視線が、ほんの一瞬交差する。
しかし──どちらも、何も言葉を発さなかった。
静かにすれ違う二人。
(こいつが……"孤高の天才")
誰に言われるでもなく、アーシスは感じ取っていた。
──そして、遠くから鐘の音が響く。
斬剣祭の幕が、静かに上がろうとしていた──。
(つづく)




