【109】斬剣祭《ザンケンサイ》編① 〜選ばれし者たち〜
冒険者育成学校の講堂。
まだ朝の光が差し込む前の空間に、緊張感とざわめきが満ちていた。
そこには、2年生全員が整列していた。
前方の壇上では、例によってやつれた眼差しとボサボサの七三分けをした教師、パブロフが腕を組んで立っていた。
「突然だが、来週──斬剣祭が開催される」
その言葉が落とされた瞬間、場の空気がざわりと動いた。
「ざ、斬剣祭?」
「聞いたことねぇぞ……」
「なんか強そうな響きだな……」
生徒たちの間に広がる困惑と興味。
パブロフは眼鏡の奥から一同を見渡し、言葉を続けた。
「斬剣祭とは、4年に一度開催される、"本校”と“分校”の剣士科の選抜生徒同士による対抗戦だ」
「対抗戦か! 面白そうじゃねえか!」
思わず身を乗り出したのは、アーシス=フュールーズ。
「で、その分校ってのはどこにあるんだ?」
「……あんたバカぁ?分校はこっち。本校は“王都イシュヴァル”よ」
隣にいたアップルが冷たく突っ込む。
「……それにしても、突然の話、ですね」
呟くマルミィに、パブロフは堂々と返す。
「ああ……なぜなら……伝え忘れていたからだ!!」
ガビーン!!
生徒たちの反応は無視してパブロフは話を続ける。
「……試合は5対5の団体戦。3勝以上を挙げた方が勝ちとなる」
「わかりやすくていいな」
シルティが淡々と頷く。
「……それで、選抜の生徒は誰なんですか?」
ダルウィン=ムーンウォーカーが問う。
「あわてるな、今から発表する」
──講堂に緊張が走る中、パブロフはおもむろに名を告げていった。
「一人目は──ダルウィン」
「ふっ……了解した」
「二人目は──パット」
「……俺も?」
「ちゃんとやんなさいよ!」
プティットに突っ込まれつつも、パット=クレマシーは頬をかいた。
「三人目、シルティ」
シルティは無言で頷いた。
「四人目……アーシス」
「っしゃあ!!」
拳を打ち鳴らすアーシス。
「そして……五人目──グリーピー!」
「!?」
「なんで!?」
ざわめく講堂の中、アップルは思わず口にした。
「グ、グリーピーですか?」
パブロフは堂々と答える。
「……大人の事情ってやつだ!」
ガビーン!!
「ふっ……当然だろ?」
妙に余裕のあるグリーピーがニヤリと笑う。
(……なんでこいつは自信満々なんだ…)
「と、とにかく、やるからには勝とうぜ!」
「おう!!」
盛り上がる空気の中、パブロフはさらりと水を差した。
「ひとつ言い忘れていたがな……分校は、今まで一度も斬剣祭で勝ったことがない」
場が再び静まり返る。
「……それに、今年の本校には"孤高の天才"と呼ばれる剣士がいる」
◇ ◇ ◇
──パブロフが退場した後、選ばれた5人が中庭に集まる。
「……一度も勝ったことがないだと………それなら、俺たちが"初"になるだけだ!!」
いつものように、前向きなアーシスに、シルティの口元は緩む。
「残りの時間は少ねぇ。今日から朝練、夜練を合同でやるってのはどうだ?」
アーシスの提案に、シルティが静かに頷く。
「望むところだ」
ダルウィンの目が静かに光る。
「やれやれ、断れる空気じゃなさそうだな……」
パットも頷いたその時、
「断る!!」
その場をぴしゃりと切り裂いたのは、グリーピーだった。
「俺はお前らと群れるつもりはない」
彼は一言だけ吐き捨て、背を向けて去っていった。
◇ ◇ ◇
その日の夕刻から、激しい特訓が始まった。
校庭の片隅──日が暮れかけてもなお、アーシス、シルティ、ダルウィン、パットの4人は汗だくで剣を交えていた。
「うおおおぉっ!!」
「せいっ!!」
重り付きの木剣が空を裂く。
土煙が立ち上り、怒号のような掛け声が飛ぶ。
「いくぞ、アーシス!」
「こい、ダルウィン!」
鍛錬は基礎から応用まで徹底して行われ、走り込み、木登り、空中移動、剣の素振り、そして組太刀と多岐にわたった。
パットは軽口を叩きながらも真剣な目で剣を振り、シルティは全身から湯気が立ち昇るほどの集中を見せる。
──そんな四人の鍛錬を横目に、校庭の隅。
腕を組んでただ木を見つめるグリーピーの姿があった。
◇ ◇ ◇
そして──遠征の朝。
剣を背負い、荷を肩にかけた選抜メンバーが並ぶ。空は高く澄み、王都への道が輝いていた。
「……いよいよか」
アーシスが拳を握る。
「やってやるさ」
シルティの瞳も鋭く光っていた。
いざ、因縁の舞台へ──。
(つづく)




