【107】帰ってきた剣姫 後編
夕暮れの校庭。
空が紅く染まり、頬に当たる風が少しひんやりとする。
その空気の中、校庭の片隅で二人の剣士が対峙していた。
木剣を握るアーシスの額には、うっすらと汗がにじんでいる。
対する女性──スターリー=ハイロードは、構えこそ軽いが、全身からただならぬ“圧”を発していた。
(……まるで壁だ)
アーシスの目には、スターリーの姿が自分の倍にも大きく見えていた。
気軽な模擬戦なんてものではない。目の前に立つのは、AAAランク冒険者、"本物”の実力者だ。
「どーした、アーシス! 動かなければ始まらんぞ!」
パブロフの声が飛ぶ。
「……くそっ!」
アーシスは地を蹴った。
踏み込みと同時に、剣を思い切り振り抜く!
──だが、
スターリーの木剣が、するりと添うようにアーシスの剣に合わせられた。
「っ──!」
軌道をずらされたアーシスの身体は、そのまま地面に転がり、土埃が舞う。
「……な、なんで……」
自分の力では理解できない受け流しに、アーシスは戸惑いを隠せなかった。
「遠慮せず、本気で来ていいよ?」
スターリーは笑みを浮かべながらも、眼差しは鋭い。挑発ではなく、本気の覚悟を見定めている。
「うおおおおお!!」
アーシスは再び立ち上がると、剣を振る。
上下左右、連続の斬撃。純粋な剣撃の連打だ。
だが──
「よっ」
スターリーは片手一本で、それをすべて撃ち返す。
剣筋を見切られ、打ち込んだ攻撃のどれ一つも届かない。
(……これが、AAAランクか……)
「終わり?」
その問いに、アーシスの拳が強く震える。
「くっ……まだまだあああっ!!」
渾身の回転斬り。
その一撃には、アーシスのすべてが込められていた──
ガキィィィン!!
スターリーの剣がそれを受け止めた。
が、次の瞬間──アーシスの剣が燃える!
「《フレイム・ブレイド》!」
炎の魔法を重ねた剣が、スターリーを飲み込もうとする!
「……な!?」
一瞬、驚きの表情を見せた後、スターリーは叫ぶ。
「《爆烈》!!」
気合いとともに迸る“氣”の衝撃波。
それが炎を弾き飛ばし、木剣がアーシスの首筋に軽く触れる。
「……剣に魔法か……ふふ、なーるほどね」
アーシスの顔が悔しそうに歪む。
「……あ、ありがとうございました」
息を切らしながらも、彼は深々と頭を下げた。
「ふふ。次はキミだね?」
スターリーの視線が、シルティに向けられる。
「はい、シルティ=グレッチです」
「……グレッチ家の?」
スターリーが目を細めると、シルティは無言で木剣を構えた。その眼差しには、剣士としての誇りと覚悟が宿っている。
構え合ったまま、一瞬の静寂──
そして、
「はあっ!」
シルティが踏み込む。鋭い突き。すぐさま連撃。力強く、そして直線的な剣筋だ。
スターリーはそのすべてを見切っているように、最小限の動きで受け止めていく。
だが──シルティは止まらない。
間髪入れず次の斬撃、その先の斬撃──まるで矢継ぎ早に放たれる剣の舞だ。
「すごい……!」
マルミィが、見守りながら呟いた。
「……でも」
次の瞬間、スターリーの姿が、すっとシルティの視界から消える。
「え──?」
トン、と軽く、木剣が後頭部に触れる。
「……!!」
後ろを振り返ったシルティの顔には、驚愕と──敗北の悔しさが浮かんでいた。
「……ありがとうございました……」
静かに頭を下げる。
見守っていたアップルが小声で呟く。
「……あれが、AAA……」
スターリーは微笑んで、言った。
「キミの剣は、いい意味では"まっすぐ"。悪い意味では、"素直すぎ"、だね」
その言葉に、シルティの目が見開かれる。
かつて父に言われたのと同じ言葉──。
「……でも、素質はあるよ」
その一言に、俯いていたシルティの顔が、ゆっくりと上がっていく。
「私はお世辞は言わない。二人とも、なかなかいいもの持ってるよ!」
そう言って笑うスターリーの顔は、まるで太陽のようだった。
◇ ◇ ◇
スターリーたちが去った後。
アーシスとシルティは、無言で立ち尽くしていた。
ふと、アーシスがぽつりと呟いた。
「……上には、上がいるんだな……」
「……ああ」
二人の間に流れる空気は、悔しさと、それ以上の熱に満ちていた。
「くっそ!!めっちゃ悔しいけど……でも嬉しい!!」
アーシスが両手を広げ、空に向かって叫んだ。
「え!?あんたマゾ……?」
アップルが引いた目で見ている。
「だってさ、この世界は広いって、感じることができたんだぜ!!
この世界には、俺なんかより強い奴がきっとゴロゴロいるんだ」
「そいつらより強くなる、って考えたら、ワクワクが止まんねぇぜ!!」
ぷっ、と思わずシルティは吹き出した。
「アーシスくん……らしいですね」
マルミィもくすっと笑う。
「……なんだよ、お前だってそうだろ? シルティ」
「……ああ。同じ気持ちだ」
「よっしゃ!みんなでもっと強くなろうぜ!!」
拳を握って笑うアーシスの背中に、3人の仲間たちの視線が重なった。
◇ ◇ ◇
夕陽に染まる屋上。
校庭を見下ろすパブロフの後ろに、足音が一つ。
「ねえ、パブロン……また冒険者に戻っておいでよ」
スターリーは静かに声をかけた。
「……いーや。俺はもう、引退した身だ。今さら戻る気はねーよ」
「……そんなこと言ってるわりには、こうして冒険者に関わる仕事をしてる………まだ、追ってるんでしょ?……"シツキ"を」
その言葉に、パブロフの目が鋭くなる。
無言で、遠くの空を見つめる彼の横顔を、スターリーは悲しげに見つめていた。
夕空は、少しずつ夜の帳に包まれていく──。
(つづく)




