【106】帰ってきた剣姫 前編
とある日の午後。
風が校門の前をすり抜ける。
その校門の傍らに、ひとりの女性が立っていた。
黄緑、水色、そして淡い黄色が混ざり合ったロングヘアーが、風にゆれて柔らかく光を反射する。
軽装のジャケットに、動きやすいパンツスタイル。どこか無造作な格好ながら、その背筋は剣士特有の鋭さを隠していなかった。
「……懐かしいなぁ」
女性──スターリー=ハイロードは、静かに呟く。
冒険者育成学校。かつて自分が過ごした青春の場所。
彼女は門をくぐり、迷いのない足取りで構内を歩き始めた。
その視線が止まるのは、校庭のベンチだった。
ベンチの背にもたれて座り、魔導タバコをふかしながら、空中に浮かぶ魔導タブレットで動画を観ている男の姿。
「パブロンッ!」
その声に、男──パブロフはぎょっとしたように顔を上げた。
「げっ……」
気まずそうに笑うその表情を見て、スターリーは不満げに頬を膨らませた。
「なによぉ、数年ぶりに会ったってのに、その態度は!」
「いやいや……ほんと、久しぶりだね、スターリー」
そう言うパブロフのもとに、生徒たちが通りがかる。
「先生、さようならー」
「はいはい、さよーなら」
──生徒たちが去ったあと、スターリーは驚いたように呟く。
「……ほんとに教師やってんのね」
「たいしたもんだろ」
そのやりとりに、くくくと笑い声が割って入った。
「スターリーじゃないか!!」
豪快な声が響く。
現れたのは、校長ガンドール。
「あ、先生、久しぶりっ!」
「はっはっはっ、本当に久しぶりだな、元気にしてたか?」
「まぁね〜、先生も元気そうでなによりっ」
「今日はどうしたんだ?」
「んー……こいつが教師やってるって聞いて、ちょっとからかいに」
「はっはっはっ、こいつなりにようやっとるよ」
ガンドールは笑いながらパブロフの肩に手を乗せた。
「へ〜〜」
「……なんだよ」
そっぽを向くパブロフに、スターリーはにやっと笑いかけた。
「そう言えばスターリー、AAA級に昇格したんだったな。おめでとう!」
「へへ、ありがと」
「元教え子がS級魔導士にAAA級剣士。わしも鼻が高いわい」
「……けっ、もう一人いるだろ……AA級がよ」
パブロフの目が陰る。
「……ああ、そうじゃな……」
「それに俺は、“元”だからな」
どこか遠くを見るようにパブロフは言う。
「……やれやれ」
スターリーは肩をすくめる。
そんな空気を変えたのは、校庭の一角から聞こえてくる騒がしい声だった。
「──あいつらか…」
ガンドールが目を細める。
「……そうじゃ、せっかく来たんじゃ。あいつらに稽古つけてやってくれんか?」
「ふふっ、いいよ。どんな子たち?」
「とっておきのルーキーたちじゃ」
ガンドールは大声で呼ぶ。
「おーい、アーシス、シルティー!ちょっとこい!!」
校庭の隅でわちゃわちゃしていたエピック・リンクの面々が集まってくる。
「アーシス、シルティ!今からこいつが稽古をつけてくれるから、ありがたく受けるんじゃ」
「……え?この人、誰?」
「ああ、この学校の卒業生、スターリー=ハイロード。AAA級冒険者じゃ」
「なっ……!?」
「ト、ト、トリ……!」
アーシスは盛大に舌を噛んで、口を押さえてうずくまった。
「ふふっ、はじめまして」
スターリーは柔らかく微笑む。
「じゃあ、まずは君からいく?」
「は、はい! アーシス=フュールーズです! よろしくお願いします!」
「えっ……?」
スターリーの表情が、ふと止まった。
「……ふーーん」
彼女は、まるで何かを探るようにアーシスを見つめた。
「……OK。じゃあ、はじめよっか」
木剣を手に構えるスターリーとアーシス。
夕日が差し込む校庭の片隅で、静かに熱が生まれ始める。
(つづく)




