【103】スカルシットフォレスト遠征編① 〜森に潜む影〜
見渡す限り、灰と緑がまばらに入り混じった鬱蒼たる森──
丘の上の拠点から、地平の果てまで続くその森こそ、《スカルシットフォレスト》と呼ばれる地である。
冒険者育成学校・2年生たちは、今まさにその森の入り口に立っていた。
「いいか、お前ら……よーく聞けよ」
パブロフが眼鏡を押し上げながら、生徒たちを睨め回す。
「今回の任務は、この森のモンスターの数を“ある程度”減らすことだ」
冷えた空気と緊張感の中、教師パブロフの声が響く。
「殲滅じゃない。どうせまた湧いてくる。適度に間引く。それでいい」
背後には、広大な死の森──スカルシットフォレストが広がっていた。
風にざわめく木々の向こうには、死の臭いと腐敗の気配が濃く立ち込めている。
「そこの転移魔法陣に入れば、ランダムで森のどこかに飛ばされる。
今回は1人ずつ魔法陣に入ってもらう、個別にモンスターを狩りまくれ。
もし森の中で仲間と会ったなら、協力してもいい。
だが、これは模擬戦じゃない。危険を感じたら、逃げろ。敵の力量を見抜き、引く判断ができるか──それも冒険者の資質だ」
ごぉ……と狼煙が上がる。
「夕方までに、この狼煙を目印に戻ってこい」
パブロフの厳しい目に、誰もが黙ってうなずいた。
「それじゃあ、さっさと行け。スカルたちによろしくな!!」
「よっしゃ、行くぞ!」
アーシスは頭の上で丸くなっていたにゃんぴんを手で押さえつけながら、転移魔法陣へと飛び込んだ。
閃光が弾けたかと思うと、目の前に広がるのは木々の海と、朽ちた墓標のような岩。濃い瘴気のような空気が、肌を撫でる。
「……にゃんぴん、無事か?」
「にゃ」
アーシスが剣を引き抜く。
「さて、行くか」
数歩歩いたところで、地面がぐずぐずと動いた。
朽ちた土から這い出てくる腐った手。ぬるり、と顔を出したのは、皮膚が崩れ落ち、眼球がぶら下がった人型のゾンビだった。
「っし、初手はお前か!」
ゾンビが呻きながら両手を広げ、のろのろと襲いかかってくる。
「遅いんだよ!」
一閃。アーシスの剣が炎をまとい、ゾンビを焼き斬った。
続けて、骨がぶつかり合うような音。スケルトンが、錆びた剣を持って現れる。
「スケルトンか──!」
《風刃斬・三連!》
身体を回転させ、三連撃を骨の関節に叩き込む。がちん、と火花を散らしたあと、スケルトンはバラバラに砕け散った。
「……順調、だな」
その時──
「ヒィイイィイ……」
背筋が凍るような絶叫が、耳元で響いた。
「なっ……!?」
振り返ると、空中に浮かぶ、悪魔のような影。
黒いフードのような形状に、空虚な目と口。身体の境界が曖昧な、幽体のような存在。
「……ゴースト!?」
アーシスは即座に切りかかるが、
「……通らねぇ……?」
物理の斬撃は、まるで霧を裂いたかのように空を切る。
「ゴーストに物理攻撃は効かないにゃ」
にゃんぴんの冷静な声。
「たしか、弱点は……なんだっけ……えっと……!?」
焦り、距離を取りながら必死で記憶を探る。
その時だった。
「下がって!!」
上空から飛んできたガラス瓶が、ゴーストに直撃。中から零れた液体がゴーストを包み、黒煙と共に消滅させた。
「……え?」
木陰から現れたのは、短い紅紫の髪を揺らす少女。
手に空き瓶を握り、軽く笑っていた。
「これ?…聖水よ」
「そうだった!ゴーストの弱点は聖なる力!!」
「ぷっ」
彼女は思わず噴き出した。
「……うっ」
「ごめんごめん。私はサーシャ、C組。……一緒に行く?」
「お、おう……俺は──」
「アーシスくんでしょ?…知ってるよ。有名人だもん」
悪戯っぽく笑うサーシャ。アーシスは思わず頬を赤らめる。
だが、そんな緩い空気を裂くように、再び森の影がざわめいた。
「来るよ……!」
複数のゴーストが、漂うように迫ってくる。
「……聖水はもうないよ、避けながら後退しよっ」
「……いや、弱点さえわかれば……にゃんぴん、光魔法頼む!」
アーシスの頭の上で寝ていたにゃんぴんの鼻ちょうちんが割れる。
「にゃっ!」
にゃんぴんが小さく輝き、アーシスの剣に聖光のエフェクトが宿る。
「いくぜ……《ルクス・ブレイカー》!」
聖なる光が走る一撃。
連続の斬撃で、アーシスはゴーストたちを次々と断ち切った。
「……すご……、さすがだね、これじゃわたしは出る幕なさそうだ」
サーシャの目が輝いたその時──
「グオオォオ……」
森の奥から響く、重低音の咆哮。
枯れ木をなぎ倒し、腐敗した巨大な骨の竜が姿を現した。
「な、なんで……スカルドラゴンが……!?」
空気が震える。
その眼孔に揺れる赤い光が、アーシスたちを睨みつけていた。
(つづく)




