【100】新入生の戦い編⑤ 〜男の戦い〜
結界の中。
直径10メートルの光の檻が、ラッティとプルーを包み込んでいた。
外の喧騒は、もう耳に届かない。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
──すでにラッティはボロボロだった。
服は破れ、まぶたは腫れ上がり、足は震えている。
立っているのがやっとの状態だった。──だが、ラッティは立っていた。
「うぉぉぉぉぉぉっ!!」
ラッティは叫び、泥まみれの拳を握り締め突っ込む。
「オラァァァッ!!」
プルーの拳が横薙ぎに迫る。
風を切る音が耳を裂く。
「がっ……!!」
視界がぐるりと回った。
地面が背中に叩きつけられ、息が詰まる。
口の中に広がる鉄の味。
だが、ラッティは膝をつき、顔を上げ、よろめきながら立ち上がり、血だらけの顔でつぶやいた。
「……っ、まだ、だ……」
「なんなんだよテメェは……!!」
プルーの顔が歪む。
負けるはずのない相手に、恐怖と苛立ちが混じった表情。
「ぶっ殺すしかねぇなぁぁぁぁっ!!」
プルーの腕に赤黒い闘気が滾る。
大地を割るような拳が、ラッティの頭上に振り下ろされる ──もはやラッティにはそれを避ける余力はない。
──その時、
「男を見せろ、ラッティ!!」
シルティの叫びが空気を裂いた。
ラッティは目を見開き、避けるのではなく一歩踏み込んだ。
プルーの拳とラッティの額が激突──
「ぐわ…っ!」
プルーの拳から骨が砕ける音が響いた瞬間──
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」
勢いそのままに、割れた額でラッティは頭突きをプルーの顔面に叩き込んだ。
鈍い衝撃音。
瞬間、プルーの視界が白く弾け、ぐらりと足が揺らぐ。
そのまま、二人は泥の上に倒れ込み、動かなくなった。
──結界の中に、静寂が訪れた。
「……勝負、あったわね」
結界の外、ミーニィがそっと呟く。
乱戦を繰り広げていた四天王と取り巻きたちは、気づけば魔導鎖に絡め取られ、地面に転がっていた。
「くっそ……なんだよ、あいつら……」
フィーグが呻き、ベルエルは冷汗を滲ませ、カーズは呆然と立ち尽くす。
その中心に立つのは、アーシスとシルティ、そしてアップルとマルミィ。
「結局……敵わなかった……か」
プルーの意識が朦朧とする中、視線が結界越しに外を捉えた。
取り巻きたちは倒れ、四天王すらも圧倒され、そして──
(……なんだよ……あいつら……次元が違ぇ……)
心の奥底で、プルーは素直に悟っていた。
目の前の少年よりも、外にいる“あの連中”こそ、本物だ。
やがて結界がほどけ、アップルのヒーリングの光がふわりと二人を包む。
しゃがみこんだアーシスが、ラッティとプルーの手を同時に取った。
「お前ら、すごい戦いだったぞ!」
ラッティの目に、涙がにじんだ。
プルーは顔をしかめ、そっぽを向く。
「いいかお前ら、冒険者ってのは世界を救うためにその力を使うんだ。冒険者同士で争うためにその力はあるんじゃない」
アーシスはふっと笑い、二人の手を強引に引き寄せ、握手させた。
「くっそ……離せっ……!」
プルーがもがく。だが、腕はびくともしない。
(──強ぇ……まじで、次元が違ぇ……)
プルーの心に、初めて“負け”が刻まれた瞬間だった。
「これからは協力して、1年をまとめろ。いいな?」
「……チッ、わかったよ」
ようやく、プルーは小さく頷き、肩の力を抜いた。
◇ ◇ ◇
夕焼けのグラウンドには歓声が響いていた。
四天王も取り巻きも、マルミィの鎖にまとめられ、観客たちは大爆笑。 なぜか現れたグリーピーは肩を揺らして笑い、アップルはお菓子をつまみながら「いい一日だったねぇ」とにこにこしている。
ラッティは泣き笑いしながら、アーシスに頭を下げた後、シルティに駆け寄った。
「ありがとうございました、先輩!!」
「ははっ……まぁこれからも頑張れよ、犬!」
シルティが冗談めかして言うと、ラッティは笑顔で「ワン!!」と返した。
「ふふ…弟子を取られちゃいましたね」
微笑みながら囁くマルミィ。
アーシスは遠くを見ながら、
(……それは本当に、よかった)と噛み締めた。
夕焼け空の下、冒険者たちの物語は、静かに、確かに前に進み始めたのだった。
(つづく)




