第8話
朝靄の中、タカトとアレシアは街のすぐ近くで野営する一団に歩み寄った。
焚き火の残り香と、鋼の擦れる音が空気を張り詰めさせる。
「来てくださったのですね。」
こちらに気づいたセレーネが歩み寄り、深々と頭を下げた。
その鎧の輝きは朝日に淡く染まり、彼女の決意を映しているようだった。
「改めて、ご挨拶を。」
アレシアが静かに頭を下げた。
「私はアレシア。旅をしております。この者は、タカトと申します。」
「タカトです。アレシアに同道しております。」
ろくに自己紹介できることがない。あやしまれないだろうか。
「アレシア殿、タカト殿。ご同行感謝します。私はセレーネ、王女陛下の騎士・第三席を務めております。」
彼女は軽く手を胸に当て、礼を示した。
「お話しもしたいのですが、今は時間が惜しいのです。馬を用意してあります。」
馬が二頭、たくましい体躯を揺らしていた。
アレシアは慣れた手つきで手綱を取り、軽やかにまたがる。その様子を見て、言葉を失った。そんな様子を見るアレシアの視線が痛かった。
「タカトさん」 「馬には、乗れないのですね?」
「はい。触ったこともないですね」
劣等感でいたたまれない。この世界では馬に乗れない大人なんて珍しいのだろう。だがセレーネは失笑するでもなく、軽く頷いた。
「誰にだって初めてはあるものです。ご安心ください、屈強な馬もいますから。私の部下と同乗していただけますか。」
セレーネの後ろから、タカトの何回りも大きい騎士が歩み出てきた。
「さあ、こちらへ」
騎士に手を引かれ、馬上に引き上げられると、抱えられるように騎士の前に座らされる。まるで子どもになったみたいだ。できるだけ早く着いてくれ。
馬は風を切るように草原を駆けた。 景色が飲み込まれるように後ろへ消えていく。
いや、落ちる落ちる落ちる! いやもうこれ、完全にジェットコースターだろ!
*
1時間は走っただろうか。すっかり酔った俺を見かねてなのか、単に馬の休息なのか、一団は小川のほとりで休憩を取ることになった。
「タカト殿、慣れない馬でお疲れでしょうが、もう少しご辛抱ください。」
セレーネが差し出した水筒の水を、一気に飲み干してしまった。
「お二人には、王都に入る前に少し状況をお伝えします。」
「王女陛下の、我々の陣営は厳しい立場です。第一の騎士を失い、儀式の作戦も大きく変更を余儀なくされています。それだけではなく、自由に活動することも難しくなっています。」
「監視が厳しい、ということですね?」
アレシアの問いに、セレーネは小さく頷く。
「はい。王子・マキシマ様の手の者が我々を常に見張っています。傭兵集めも妨害に遭って、準備は十分とはいえません。あなた方を無事にお連れすることも、簡単とは言えないのです。」
大丈夫なのか、王女陣営。これ詰んでないのか。
「ですからアレシア様。あなたの助力は私たちにとって大きな希望の1つです。優れた術者は手練れの騎士をも打ち倒しますからね。」
「買いかぶりですよ。でも、私の希望を王女陛下が叶えてくださるなら、助力は惜しみませんよ。」
セレーネは深く頭を下げた。
*
太陽がちょうど真上に上り切った頃、王都が見えた。
城壁は空に届かんばかり、幾重にも連なる塔が白い雲を背負って立っていた。
城門をくぐると、石造りの家々が折り重なるように続いていた。王国旗が風にたなびき、鐘の音が響く。
「……すごい……」思わず声が漏れてしまう。THE・異世界ファンタジー。
広場を埋め尽くす人々の喧騒。屋台の香草の匂いや焼けた肉の香り。石畳の上を行き交う騎士と商人。
異世界の息吹が、確かにそこにあった。
「王女陛下の居城には夜に向かいます。身支度もあるでしょうから、市場にでも足を運ばれてみてはいかがでしょうか。」
セレーネはアレシアと俺の間に近寄って、耳元で囁いた。
「護衛の者を付けております、どうかお気を楽に」
そんなことを言われて楽しめる気がしないが、アレシアはすっかり買い物に行く気満々の様子だ。
「タカトさん、それではまず、その服の代わりを買いに行きましょう。」
そうか、街を行き交う人がチラチラと見ていたのは、俺の服だったのか。
*
「これなら、この街でも自然ですよ。丈夫で動きやすいはずです」
アレシアのプロデュースで揃えた服一式は、すっかりこの世界に溶け込ませてくれた。
マントに包まれている感触が、なかなか新鮮で心地いい。
「ありがとう、アレシアさん。似合ってますか、これ。」
「少なくとも、前のよりはそう思いますよ。」
なんだかちょっと嬉しい。人の視線も気にならなくなると、この世界に受け入れられたような気持ちになってくる。
*
食事を取り、旅で消耗した物品を買い揃えているうち、日が傾いてきた。
「時間ですね、そろそろ向かいましょう」
護衛の兵に導かれ向かうのは、王城の西に聳える、王女の宮殿。一般人が出入りできる場所ではなく、普段は静謐な場所だというが、今は儀式に備えて人々が忙しなく行き交っている。門まで出迎えにきたセレーネが、大きく手を振っているのが見えた。
「さあ、ここからが正念場です、タカトさん。」
アレシアはいつになく高揚しているように見えた。