第2話
「伏線?伏線ってあの、物語の核心に関わることが事前にしれっと出てくるみたいなやつですか?」
「そうです。」
「話すとちょっと長くなりますけど、いいですよね。」
そう言ってランジェがクルクルと手を回すと、空間のひび割れのようなものが一瞬現れ、そこから一冊の本が音もなく滑り出てきた。まるで最初からそこに在ったかのような自然さだった。
ランジェは適当にページをめくり、ぱたんと開いて見せる。そこには、奇妙な筆致で殴り書きされた文字が並んでいた。知っている言語のはずなのに、読もうとすると頭が痛くなりそうなほど、乱雑で不安定な書きぶりだった。
「えーっと、『聖剣の輝きが度々失われる』と書いてありますね。」
「それが、伏線ってことですか?なんのことか全然わかんないですけど……」
「はい。大昔に世界を作った神が記した、メモのようなものですね。これしか残っていないので、どういう話で世界が終わるのかまではわからない。でも、これが何かの伏線である、ということだけは確かだと伝えられています。」
「……まあ確かに、なんにもないよりは、いい……のかな?」
俺の言葉に、ランジェはわずかに笑ったような気がした。
「あなたに向かってもらう世界は、このメモを書いた、偉大なる紡ぎ手の一柱、ミルズが作り出したものです。ミルズはバッドエンドを愛した神でして、彼女が紡いだ物語の多くが、悲惨な結末を迎えています。」
「じゃあ俺がやるのは、『とんでもないバッドエンドを、伏線の情報をもとに回避すること』ってことですか。」
「すばらしいですよタカトさん、まさにそれが私たちの悲願です!」
ランジェは嬉しそうに頷いた。表情は朗らかだが、そこには切実さのようなものもにじんでいる。
「私たちの仕事は、かつての神々が作り出した世界の管理です。でも、世界は終わりを迎えつつあり、仕事は減る一方なんですよ。私たちの命はほぼ永遠ですけど、やることがなくなると、だんだんと……消えてしまうんです。存在の維持に、意味が必要なのでしょうね。もう、同僚も何人かは消えました。」
淡々と語るその言葉はからは感じ取れなかったが、命がかかっていると考えれば随分物騒な話だ。
「なるほど、じゃあこれは俺にとっても、あなたにとっても、生存をかけたチャレンジってことになるわけですか。」
「まあ、そうですね。共闘、という言葉がふさわしいでしょう。実を言うと、これで私の挑戦は百回目くらいです。もう半分くらい諦めているところもありますが、それでも……可能性があるなら、やってみる価値はあると信じています。周りには、もう動こうとしない者も多いですけどね。」
百回。ほとんど失敗しているってことか。無理ゲーなのでは?と言葉にするのはさすがに気が引けて、俺は口を閉じた。
「ちなみに、他の世界のバッドエンドって、どんなものだったんですか?」
「地震、疫病、呪い、戦争、隕石の衝突……なんでもありましたね。でも、あまり聞かない方がいいですよ。きっと、やる気がなくなりますから。」
並べられた言葉のひとつひとつが、人間ひとりの手には負えないものばかりだった。そんな筋書きが待っているのだとしたら——俺に何ができるというのだろうか。
「向こうの世界に言っても、あなたの姿は私からは見えています。だから、伏線らしき場面になったら、スマホにメッセージを送りますね。」
「先に一通り教えてもらったりは……できないんですか? その方が……」
「私もそうできたら楽なんですけどね。決まりがあるんですよ、それをかいくぐるために、こんなややこしい手段を取ってるわけです。……これ以上は聞かない方が、あなたのためですよ。」
急に声音が低くなった。朗らかだった雰囲気が、ひんやりと冷えた空気に変わる。ランジェはそのまま話を打ち切るように立ち上がった。
「質問がなければ、隣の部屋にベッドがあります。ゆっくりお休みください。しばらく眠れないかもしれませんが、ここには夜も朝もありません。そのうちには疲れて眠れるように設計されていますから。」
「はい」以外の返事を許さない空気だった。人間のように見えるが、やはり神——人知の及ばぬ何か、という印象がどこかにあった。
「そうですね。一旦、大丈夫です。」
「そうですか。では、おやすみなさい。」
促されるままに通された部屋は、簡素なビジネスホテルのようだった。ベッドとシャワー以外には、何もない。窓もなければ、外の気配すら感じない。ただ天井を見つめながら、ランジェの言葉を何度も反芻する。
やがて、思考がとぎれとぎれになり——気づけば、眠っていた。我ながら、鈍感なものだと思う。
更新遅いですが週一くらいで頑張っていこうと思います。