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やべえ噂の辺境伯に買われたら噂通りすぎました

作者: Zero

最近の流行に自分の好みを叩き込みました。令嬢もののはず。、

 ある男爵家。家長ことお父様は、開口一番とんでもないことを娘である私に求めてきた。


「ミニア、嫁に行ってほしい」

「……いくら積まれました?」

「黙秘する」

「まぁ、いいです。旦那様のお名前をお聞きしても?」

「……」


 急に黙った。金を積まれたことを隠しもしないこの父親がだ。全力で嫌な予感がして詰め寄るように質問を重ねる。


「さすがに旦那の名前も知らない結婚はどうかと思うのですが、ねえ、お父様?」

「レイブル辺境伯だ」


 無理やり割った父親の口からその名前を聞くなり、反射で私はこう答えていた。


「嫌です」


 レイブル辺境伯。お金持ちで有名だが、彼には悪い噂しかない。

曰く今まで六人妻を娶ったが、顔があまりにも酷すぎて全員に即日振られたとか、はたまたその全員を殺したとか。

とんでもない噂と名前が肩を組んで歩いているような人だ。とりあえず確かなのは、私を買える程度のお金があることと、今は独り身であること。


「拒否権はない」

「なぜ私ですか!? 妹でなく!!」

「ご指名だ!」

「とんだ物好きがいたものですね!?」

「自分で言うか!?」

「いーやーでーすー!!」

「拒否権はッ!! ない!!」

 

 しばらくそんな不毛な争いが、男爵邸に響き続け……後日、しっかり噂になったという。



無理矢理送り出(ドナドナ)されてしまった……」


 ガラガラガラガラ、と己を買った男の元へと馬車が冷酷に向かっていく。

長時間座らされているので、いかに座り心地の良い座席といえどそろそろお尻が痛くなってきた。

現実逃避も兼ねて窓から外を見れば、小麦畑の金色が目に映る。


(豊かな土地……まあお金はあるみたいですし)


 ついと窓を撫でた指を膝に戻せば、本の表紙に爪先がぶつかる。

その本は巷で流行している本らしく、酷い目にあった令嬢がとんとん拍子に成功する様などが書かれていた。

私のように『売られた令嬢』というのが最近の流行りらしく、買った人が実は超イケメンだったとか権力者だったとか、とんでもなく羨ましい展開が列挙されていた。

羨ましい。私だって権力あるイケメンにチヤホヤされたい。

そこまで考えて、ふと思った。

そうだ、現実は小説より奇なり、というじゃないか。


(もしかしたら噂と正反対の顔よし性格よしな可能性だって……)


 そう考えた瞬間に、馬車が止まった。御者が扉を開けて外へと促す。

どうやら今後、愛の巣(予定)になる場所についたらしい。


「着きましたよ」

「……うわぁお」


 端的にいえば、ぱっと見は幽霊屋敷だった。

外観は暗い、怖い、入りたくない。けどボロくはない。だから廃墟ではない。幽霊屋敷。

でもこれをどうすれば愛の巣として見ることができるようになるだろうか。

そして、ここに住むような人が流行小説のような都合のいい王子様()である可能性は果たしてあるのか。

既に否、と理性が叫んでいる。聞こえなりふりを決め込むけれど。


「ではこれで失礼致します」


 御者の声にあわてて振り返れば、もう豆粒サイズまで小さくなっていた。

あの野郎逃げやがった。

静かに深呼吸、そして決意を決めて、愛の巣(推定)の扉をゆっくりと叩く。


(誰も出迎えに来ない……そんなことあるの?)

「誰かいらっしゃいませんか」


 出迎えのひとりもなく、自分で扉を叩く。

普通の令嬢ならまずしないであろう体験に驚きつつ反応を待つと、目の前で勢いよく扉が開いた。


「うぉ」


思わず出た令嬢にあるまじき声に口を押さえる。聴いた人がいなくてよかった。


「……失礼致します」


 とりあえず令嬢らしく、さっきのは無かった事にしてしおらしく……


「ようこそ。シャルロ男爵令嬢」


 はい扉が開いたんだから開いた人が居ますよね。さよなら私のしおらしい令嬢像。


「ありがとうございます。レイブル……様?」

「結婚する間柄です。どうぞジルと」


 しかも結婚相手ご本人でした。口止めも無理そうですね。

下げた頭が上げられなくなりました。具体的には羞恥と絶望感で。


「はい、ジル様」

「そんなに怯えずに、どうか顔をあげて」


 怯えているわけではないけれど、促されたのでなんとか顔をあげる。

そんな私の視界に入ってきたのは、当たり前だがジル様の顔だった。

多分元のパーツは良かったんだろうな、と思う。推測の形なのは、今はその真偽が分からないから。

火傷をしたのだろう。焼け爛れた顔面は、決して綺麗とはいえなかった。

ボコボコになってしまった肌と、引きつれた口元がいやに目立つ。

でもそれよりも何よりも、いや、だからこそかもしれない。

開いた目の美しさが鮮烈に記憶に残る容姿をしている。


「は……」

「どうされました?」


絶句している私にジル様が声をかける。

あまりのことに処理落ちしていたらしい。

普通の令嬢ならここで嫌がるのだろうか。いや普通を知らないのでよく分からないが。

とりあえず私は、目が綺麗だなぁと思い、そして。

あんまりにも噂が酷いものだから下の下くらいを考えていたら中の下くらいの顔面が出てきて面食らっていた。ぜんぜん守備範囲内である。

声をかけられて正気に戻り、はずみで思い切り手を彼の方に突き出してしまった。


「いいえ、どうか、末長く!! よろしくお願いします!!」

「ふふ、おかしな方だ」


くすくすと柔らかく笑いながら、彼が私の手を握ってくれる。そして私の買われ婚約者生活は始まった。



 朝起きて、多分今までのベッドより倍くらいの値段がするであろう寝具の上で伸びをして、朝一番で私は思わずこう叫びかけた。


「……超快適では!?」


 こういうのって普通、てきとうな扱いを受けたり、なんかこう初日からあれやこれや命令されるのものではないのだろうか。

すごく健やかにぐっすり寝たのだけれど。目覚めバッチリです高い寝具ってすごい。


「とりあえず、なぜかものすごく大事にされていることは感じる。ひしひしと」

 

 横を見ればモーニングティーやら数パターンの着替えやら、顔を洗うボウルやらがいたせりつくせりで用意してあった。

どうやらあとは自分で好きにやる方式らしい。伯爵の火傷のこともあるし、多分長年これでバランスを取ってきたのだろう。

うちは元々貧乏だったから、私も人に手伝われたり世話を焼かれるのは慣れていない。好都合である。

……まあなんで起きる時間を完璧に把握されてるのかは分からないけれど。

昨日来たんですよ私。普通に怖いよ。

いや余計なことは考えまい。取り敢えず朝の支度をして、食堂に向かうことにしよう。


「おはようございます。シャルロ男爵令嬢」

「おはようございます、レイブ……ジル様」


 圧が凄かったので反射的に言い直す。

すると穏やかな微笑みで、ジル様が満足げに頷いていた。名前で呼べということか。


「ジル様もどうぞ、ミニアとお呼びくださ……」

「ところでシャルロ男爵令嬢」

「頑な」

「今日から私は少し仕事で家を離れます」


 その言葉を聞いて少し驚いた。だって私たちは婚約したばっかりだ。感覚的には新婚さんと似て非なるものだ。普通はしばらく距離感をつめようとドギマギしたりイチャイチャしたりする時期だと思うのだけど。


「婚約の次の日にですか?」

「はい」

「……ジル様もしかして予定調整苦手ですか」

「あなたは本当に面白い方だ」

「よく言われます」

「三日ほど家を空けます。あなたにはその間この家を任せたいのですが」

「家守ですね? お任せください得意です」


 伊達に貧乏男爵の娘をしていない。遠出する父親に代わって家をなんとか守ったことも数知れずだ。そのせいで謎の家事力だって身についている。メイドには泣いて怒られたけれど。


「心強いです。ではこれを」


 ジャラリと渡されたそれは、大量の鍵がついた鍵束だった。


「鍵ですか?」

「ええ。この家の扉、その全ての鍵です」

「すごい量ですね。とても重いです。一本化しませんか、鍵」


一本で全部管理できたら楽だと思うのだけど。


「基本好きに使っていただいて構いません」

(華麗に無視されたな)

「ただ一つ約束してほしいのです」

「約束ですか?」

「はい。この小さな鍵。これだけは使わないで頂きたいのです」

 

 ちゃり、と彼がかき分けた先には、大量に通された鍵に比べても一際小さな鍵がひとつ。


「つまりこの鍵の部屋には入るな、と」

「端的にいえばそうなりますね」


 じゃあなんで渡すんですか、と質問しようとして本能が吠えた。多分これは下手に質問してはいけないやつだ、と。


「わかりました!!」

「頼もしいお返事ですね。では行ってまいります」

「わぁ早い迷いがない。いってらっしゃいませ!!」



 さて婚約早々出張に置いて行かれて館に(恐らく)ひとり。

つまり自由。

裸になろうと、秘密を暴こうと、約束を反故にしようと私を止めるものはいない。

ならばやることはひとつ。


「さてまずは……掃除かな!!」

「汚れ!! 埃!! 駆逐!! わーい楽しいー!!」


 将来の旦那様は暗くて落ち着いた雰囲気が好きなのかも知れないが、それはそれ、これはこれ。

皮膚にトラブルがあるならなおのこと、普通以上に綺麗にしていたほうがいい。

この広さの館でこれはまあ普通に綺麗なほうだとは思うけれど、私はまだ満足できない。

埃ひとつ汚れ一つ許してなるものか。だって後々こういう奴らが固着してから牙を剥くのだ。私は知ってるぞ。

そして綺麗になるのは楽しい。目に見えて成果が見えるってとても素敵。


「探検しながら掃除、通った場所が綺麗になるから未探索部分がわかりやすくて良いかもしれないわ」


ハタキ、ホウキ、雑巾。上から下に。ドレスは封印して完全武装掃除の姿で。

多分他の人が見たらひっくり返るだろう。使用人だってこんなに極端な格好しない。


「改めて広いこの屋敷。さすが辺境伯……娘を金で買うだけある。買う娘完全に間違えてると思うけれど」


 曰く、条件に私が合致したとかなんとか。

家を出る前に金額をさらっと聞いておいたのだが、あまりの額に記憶が飛んでいるので仔細は覚えていない。

とりあえず、我が家で埋没していれば一生見ることのないであろう額なのだけは覚えている。

だからこそ思うのだけど、本当になんで私なのだろう。

それだけお金があれば、もっと可愛くてたおやかな美少女だって手にできただろうに……もしかしなくても変化球好きというやつか。

うーむ、謎である。掃除と同じくらいすっぱり成果が出れば楽なのに。


「……疲れてきた。図書室ないかしら図書室。休憩がてら本を……この外観でなかったらもはや詐欺よ詐欺」


 こんなに重要そうな書籍の一冊二冊転がっていそうな屋敷なのに、図書室がないなんて裏切りもいいところだ。

そう思って次の扉をひらけば、インクと古い紙の匂いが鼻をつく。

目の前には、壁と誤認するほど大きな本棚の列と、それにぎっしりと敷き詰められた本の数々。

細かくジャンル分けされたそれらは、しっかりと自信のあるべきところに収まって胸を張っていた。


「噂をすればね!! いやー日光を拒絶してるだけあって本が全く日焼けしてないわ。素晴らしい」


 嬉々として本を手に取り椅子に腰掛ける。

ここは定期的に誰かが掃除をしているらしく、他に比べてびっくりするほど綺麗に保たれていた。

小休止しろって天啓みたいと、私は嬉々として本を開いた。


「……今何時かしら」


 ふっと本の世界から現実に浮上し、周りを見渡す。

厚手のカーテンの向こうからでも、意地と言わんばかりに薄らと日光をお届けしていた太陽の姿はすでにない。

室内に点在する照明が本を読むのに最適な光量を維持しており、外の暗さに気づくのが遅れたのはこの成果と額を抑える。


「……完全にやらかしたわね。どうりで二十冊以上横に積み上がるわけだわ」


 どこに何があったかは覚えているので、そそくさと元の配置に戻しながら今日掃除した場所を指折り数える。

外観の大きさから考えるに、ここまでで多分折り返し地点。

まあ三日という日数で、二日を掃除に充てるとしたら丁度いいだろうと言い訳を連ねて、狙ったことにしておいた。まあ誰に言い訳してるのか自分でもよくわかっていないけれど、細かいことを考えていたら禿げるって聞くし。


「たんさ……ゲフンゲフン、掃除後半戦は明日にしましょ、ええ」


 二日目。もう細かいことには言及しないけれど完全防備。

掃除用具を持って廊下に仁王立ちした私はハタキを突き上げて誓うように叫んだ。


「後半戦よ!! さあ綺麗にしてあげる!! あーっはっはっはっ!」


 この屋敷の汚れの傾向にも慣れてきて、『この汚れにはこれが効く』が即判断出来るようになってきた。

そう、これ。この感覚。わかりやすく綺麗になる成果が出る感覚と、効率化されていく感覚がたまらないのだ。一般的な令嬢ではない、なんて知ったこっちゃない。

猪のように猪突猛進していると、ふととある扉が目に入った。

一言で言うなれば、無骨。

機能性に全てをかけたであろうその扉は、ゴシックな高級感で統一されているこの屋敷では恐ろしいほどに浮いていた。


「……露骨に鍵穴小さいのね」


 よく見なくてもわかる。これが開けるなと言われた扉だった。

他者を拒絶するようなその扉は、多分鍵なしではこじ開けることも困難であろう。

私はそっとノブに手をかけて、


「次行きましょう次。薮はつつかず、雉は鳴かずよ」


 ささっと汚れを拭いて切り上げた。

細かい部分も掃除したい気持ちはあったが、これにベタベタ触るのはなんとなく忌避感がある。

好奇心に負けて開けるのが基本なのかも知れないが、面倒ごとに自ら飛び込むのは遠慮したい。

買われた時点で渦中って?やめて言わないで。


「さあ汚れよ恐怖しなさい!! 今日であなたたちの楽園はおしまいよ!!」


 ぶんぶん頭を振って雑巾を握りしめる。

ああこれは私なりの現実逃避かも知れない、とほのかに考えながら、それを振り切るように廊下を走ることにした。


「……楽しかった」


 ばふん、と風呂上がりの清潔な体と衣服で白いシーツの海に飛び込む。

とろけるような肌触りを満喫しながらチラと横を見れば、ベッドサイドにランプと本棚が新設されていた。

ちょっと目を凝らして見てみると、本棚に整列しているのがおそらく私好みの本であることがわかった。

だからどうして分かるんだろう。

掃除中も読書中も、誰かと話した記憶もなければ気配を感じた記憶もないのだけれど。

あといつ新設したんだろう。


「慣れてきたわ、プロなのね」


 いや思考放棄が正しいかも知れない。ただなんとなく、これを深掘りしてはいけない気がした。

とろとろと頭を溶かしていく眠気に身を委ねつつ、残った時間で非常にぼんやりとした予定を組み立てる。


「さて、あと一日……明日は本でも読みましょう」


そんなささやかな贅沢を満喫しているうちに、私はぷっつりと眠りに落ちたようだった。


朝起きる。素晴らしい目覚めに清涼な空気。

ぐっと伸びをして胸いっぱいに吸い込めば、優しい朝日がカーテンの合間から存在を主張する。


「いい朝……」


ドンドンドンドンドン


「が、消えたわね。たった今」


今の音、もしかしなくても玄関をノックした音だろうか。

私の自室、決して玄関から近いわけではないのだけれど、どれだけ強く叩けばこんな音が届くのか。

出たくない。だってこんなノックをする人だ。要件も人柄も絶対碌でもないに決まってる。


「とりあえず着替えましょうか。用事があるなら待ってくれるでしょうし」


 よっこらせ、とベッドから降りて横を見る。

私の気持ちに応えるように、今日の服は可愛らしいが着るのにちょっと手間がかかるものばかりだった。

……一体どこまで予測していたんだろう。


「どなたかしら」


 精一杯時間をかけてもノックの音が止まなかったので、渋々玄関を開いて応対する。

いやいやとはいえ、ちゃんと令嬢らしく、上品に……


「何時間待たせるつもりよ!?」


 開口一番そう叫んだ来客を見て、私は静かに令嬢スイッチを叩き切った。

無礼な来客は、悲しいかな私の妹だったので。


「失礼な。朝起きてご飯を食べて身支度して軽く運動して身支度して一冊本を読み切っただけよ」

「運動と本いらないでしょうどう見ても」

「で、何の用かしらスィス?」

「端的に言うわ。結婚をかわって」


 ……どうやら私は耳が悪くなったらしい。

ぽんぽんと軽く手で耳を叩いてから、改めて妹がなにを言おうとしたのかを聞き返す。


「ん?」

「だから、私がお姉様の代わりに結婚するわ。まだ籍は入れてないのでしょう?」


 何言ってんだこいつ。


「……かわいそうに、熱が出たのね」

「違うわよ!?」

「じゃあ頭でも打った?」

「至って健康よ」

「……じゃあどうしてその思考回路になるの?噂通りそこそこ残念な顔なのは確かよ?」


 まさか噂は全部嘘、なんで小説ちっくな展開をまるっと信じてきたなら愚かすぎる。

しかしないと言い切れないのがこの妹だ。事実を突きつけてみれば、ぐっと顔を顰める。

どうやらその期待もあったらしい。

こういう時に私が嘘をつかないのを重々承知している我が妹は、苦虫を噛み潰したような顔で続けた。


「……顔なんてどうでもいいわ」

「メンクイが世迷言を垂れてるわね」

「大事なのは財!! 端的にいえばお金よ。お金こそ全てなのよ!!」

「一気に納得したわ。汚れたわねぇ、我が妹ながら」


 ものに足が生えると本気で信じていた可愛いあの子はどこにいったのだろう。

ほろりと目元を抑えれば、ぎっと険しく睨みつけられてしまった。


「口縫い付けるわよ」

「針に糸を通せるようになってから言ってちょうだい」

「……あーもう良いわ。こうなったら何か金目のものだけでももらって帰ってあげる!!」

「急に蛮族思考ね。普通に犯罪よ?」

「黙ってなさい変異種令嬢」


 私の生死など聞かず、ずかずかと入ってくるスィス。

彼女は慎みなど何もない値踏みの目で中を見て回っていた。


「外見の割に綺麗じゃない」

「昨日掃除したからよ」

「嘘おっしゃいこの広さでできるわけないでしょう」

「本当なのに」


 こういう時は放っておいた方がさっさと満足してくれる。

長年の経験から知っているので諦めつつ背中を向ければ、段々遠ざかる声がとんでもないことを言っていた。


「こういうのはね、古びた扉の中にこそお宝があるものよ」

「はいはいもう好きになさい私は知らな……んん!?」


待て、その条件に合致する扉を私は一つしか知らない。


「何よ開かないわねこの扉!!」

「ばかやめなさいその部屋は駄目よ!!」


 まさかと思って走って向かえばこの有様だ。

例の明らかに異質な扉のノブを掴んだ妹が、憎らしげに重い扉を睨んでいる。

そしてその手にはいつのまにやら鍵束が握られていた。

いつのまにスッたんだ。本当に令嬢なのかこの娘。野盗の類じゃないのか。


「その態度、やっぱりこの部屋があたりなのね!! よし、鍵は開いたわ!!」

「やめなさい!! 他はもう好きに持って行っても良いから、その部屋だけは開けちゃダメ!!」


 良いはずがないが、その扉を開かれるよりはまだマシだ。多分他のものなら、私が土下座して隷属を誓えば許してもらえる気がする。

推測の域を出ないが、そこを開けるのだけはまずいと本能が警鐘を鳴らしていた。


「もう遅いわよ!! さあ開いた……ひぃ!?」


 私の忠告を聞かずに扉を開いた妹が悲鳴をあげる。

震える指で指さされたその先を誘導されるように見れば、部屋の中が目に映った。

そしてその部屋の中にぶら下がる、それも。


「え」


 すぐに理解ができなくて、思わずそれを凝視してしまう。

 急に扉が開いた衝撃が伝わったのか、部屋の中に吊るされていたそれは示し合わせたように、右に左にぶらぶらと揺れる。

 がらんどうの眼窩でこちらを見つめるそれが、五人分の女性の死体だと、理解すると同時に、可愛らしさのかけらもない悲鳴が口から溢れ出した。


「ピギャアアアアアアアアア!?」

「何をしていらっしゃるんですか? お嬢様がた」


 背後にいないはずの人の気配。

なんならダイレクトに声まで聞こえた。

ぎぎぎと振り返る前に、私の肩に手が置かれ、反射的に奇声を発する。


「きゃあああ!?」

「キャッホォイ!?」


 妹との差よ……いやもう諦めたけど。


「……あなたは本当に面白い人ですね」

「ジ……ジジジジジジル様。本当に申し訳ありませ……」

「大丈夫ですよ可愛いミニア」

「距離感」


 ボイコットですか?


「あなたが約束を違えていないこと、そして守ろうと必死になったことは誰よりもよく知っています」


 彼は有無を言わさぬ笑顔で、私の口角を指先で持ち上げた。

この男笑えと申すか。この状況で。


「だから怯えないで。お茶でも飲んで語らいましょう。土産話があるんですよ」

「あの、ジル様。スィス……妹は」

「上で待っていてくれますね。可愛いミニア」

「ひょえぁ」

「お返事は?」

「ひゃい」

「紅茶が冷める前には行きますから。良い子で待っていてくださいね?」

「……ハイッ!!」

「お、お姉様……ねえ見捨てな……」

「さて茶葉はどうしようかしら」

「お姉様ぁ!?」


その後の事?私は知らない。


「……本当に紅茶が冷めるギリッギリですね旦那様。何をしてらしたんですか?」

「聞きたいですか?愛しいミニア」

「絶対聞きたくないです。そして態度の豹変ぶりはどうしてですか」

「あなたは約束を違えない人だとわかりましたから」


 そして彼は私の前に跪き、手を取ってその甲に口付ける。

 そしてそのまま、とろけるような声で続けた。


「永遠にあなたを愛し、守り、幸せにすることを誓いましょう。万難を退けて見せます……何をしてでも」

「おぅふ」


 噂通りすぎる、とんでもない旦那様の寵愛は始まったばかりらしい。

お付き合いいただきありがとうございます!

皆様の癖はどんなのでしょうか。気になる…!


モデルになった作品がわかった人は教えてください!

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