6 月代家の「半月」
「そっか~、梅おばあちゃん覚醒したんだ」
連休に入ったその日、相も変わらずトレーニングを続ける祖母を横目に、ショートカットのその女性は感慨深そうに呟いた。
「さと姉ちゃん、煎餅こぼしてる」
「おお、ごめん、ごめん」
従姉のさと姉ちゃんこと、聡子は大学生だ。
地方の国立大学に進学をして経営学を学んでいる。
化粧っけはなく、スポーティーな印象で、この兄弟には似ていない。
将来はアプリを開発して起業したいという野心家だ。
この日は冬休みを利用して遊びに来てくれた。
庭でトレーニングをする筋肉ムキムキの梅に最初こそ目を丸くしたが、すぐに慣れてしまった従姉に椿は首を傾げた。
「ついにってどういうこと?」
「うちに代々伝わる言い伝えがあるのは知ってる?」
聡子がそう言った瞬間、梅が庭から「終わり!」と上がって来た。
「つうちゃん、これでたこ焼き買うてきて」
必然的に話の続きが聞けなくなり悶々としたが、丁度昼時ということもあって、隣で寝ている桔梗の腹はぐうぐう鳴っている。
「分かった」
「じゃあ、私も行くわ」
桔梗は粉ものだと大食になる。
一人で持ち切れるかなと考えていた椿は、聡子からの申し出にホッとする。
「行ってきます」
複雑な表情を浮かべる梅に気づくことなく、二人は家を出た。
近所に小さなたこ焼き屋があるのは月城家にとって、本当に幸運なことだった。
粉ものが無償に食べたくなるときは必ずここに足を運ぶ。
人数分より少し多めに買い込んだ帰り道、隣を見やった椿は呆れて固まった。
「さと姉ちゃん、家着いて食べなよ」
椿は出来立てのたこ焼きを歩きながら頬張る従姉の姿を見ながら、自分よりも年上なんて信じられないと思うのだった。
「お腹すいて限界だったの!」
「はあ」
「そういえば、私の友達が椿のこと紹介してって言ってるんだけど・・・そういうの興味ある?」
「突然何なん?」
椿はちょっと警戒しながら問い返す。
「いや、前にひろぱー行ったでしょ?そんときの写真見せたら『恰好いい!』って」
「勝手に見せんでよ・・・」
「ごめん、ごめん。はい!もう見せません」
こういうとき、椿はいつも弟の顔を見たら自分のことなど忘れるだろに、と思ってしまう。
しかし、危なっかしい桔梗を極力人目に触れさせたくないという相反する気持ちの方がすんでで勝り、いつも口を閉じてしまうのだった。
興味なしか~と聡子が呟く声が耳に入り、ふと椿は先刻家で聞いた言葉を思い出した。
「そや、さっきの続きは気になる。教えてや」
「やっぱり紹介する?」
「ちゃう!家で言ってた話!」
「ああ、そっちね。私も見たことはないんだけど・・・古い巻物に月城家に纏わる言い伝えが書かれてあるらしいの」
「言い伝えって?」
「『半月を持つ者が生まれたら気を付けろ』」
「え、半月・・・って何?」
聡子もよく知らないのだろう。肩をすくめながら答えた。
「何だろうね。でも、その半月を持つ者は、超絶美形らしいわ。それで、『その美しい人は波乱を呼ぶ。その人が傷つけられたら近しい者は覚醒するだろう』っていうのが言い伝え」
「なんやそれ・・・じゃあ、半月っていうのは、桔梗?」
「あんたもそこそこだけど、桔梗の顔面は恐ろしいほど綺麗だからね」
「じゃあ、近しい者は・・・」
「梅おばあちゃんなのは間違いなさそうやね。あの見た目の変わりようは普通じゃないもの」
普通じゃない。
改めてそう言われる心はどんどん暗くなっていく。
「半月ってどういう意味なんやろ・・・」
「お印みたいなものじゃない?例えば、痣とか・・・」
「これのことちゃう?」
いきなり二人以外の声がして椿の心臓は跳ね上がった。
「きい!?」
「あら桔梗、起きたのね」
「いつから聞いてた?」
いつの間にか二人の後ろを歩いていた弟の姿に椿は驚きながら声を掛けた。
「ずっと」
「・・・」
この話を一時中断すべきか椿が迷っていたら、桔梗が突然右腕の服の袖を捲り始めた。
「これ」
剥きだしになった二の腕の内側、下の方を見せてくる。
白い肌だから、すぐに分かった。
二センチにも満たないその茶色い痣は半月の形をしているではないか・・・。
「こんな痣あったか?何で気づかなかったんだろう」
椿は愕然としたが、桔梗は飄々と「こんなところそうそう見んやろ」と一言。
「やっぱり桔梗が半月ってことなのか・・・」
「どうしたら、ばあちゃんは元に戻るん?」
桔梗はまるで自分のことはどうでもいいみたいに聡子に問いかけた。
「さあ。桔梗を守るためにムキムキになったんなら、守る必要がなくなったら、とか?」
「そんなの無理や。桔梗はぼうっとしとるから、誰かが守ってやらんと」
「ふふっ」
「なに?」
「いや、梅おばあちゃんよりも椿の方が過保護やなって」
そう言われると反論できない。
「さと姉ちゃん、巻物のことおばさんとおじさんに何か聞いてみてくれん?」
いつもマイペースな弟だが余程気がかりなのだろう、椿が聞こうと思っていたことを桔梗が先に問いかけた。
「いいけど、梅おばあちゃんに聞いた方が早いんじゃない?」
桔梗は椿の方を見やった。
兄も同じことを考えていると悟った桔梗は聡子に正直に話した。
「ばあちゃんは教えてくれん。何か、はぐらかされてしまう気がするんや・・・」