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1 美形兄弟の苦悩

「美人は三日で飽きるって言いますからね・・・」


とある昼下がり、何気なくつけていたテレビから軽薄そうな声が聞こえてきて、

本を読んでいた椿は思わず顔を上げた。


そして、隣ですよすよと昼寝している弟の桔梗をちらりと見やる。

目を閉じて眠りこけていてもその面立ちは秀麗さを失わない。


『はあ・・・。美人は三日で飽きるなんて、この弟君には到底当てはまらない言葉だ』

椿はため息交じりに心の中でぼやいた。


平穏に暮らしたい椿としては、むしろ飽きてほしいと願ってやまないのだが、桔梗の顔がそれをさせないことも分かっていた。


白い肌に、小さな顔に配置された形の良い鼻と唇、長いまつ毛が震えた後、開かれた目は綺麗に輝くのだ。


一度眠るとなかなか起きない弟にブランケットをかけてやった後、椿は手を洗いに洗面台に向かった。

煎餅を食べた後でも気にせず過ごせる桔梗と違って、椿は手を洗わないと気が済まない質だ。


洗面台に立った椿は、鏡に映る自分を無表情に見やる。


椿は自分自身の見てくれも秀でていることを自覚していたが、弟は何と言うか・・・次元が違うように思うのだった。


これも下手くそな例えだが、神様がせっせと創り上げて、『最高傑作です』と豪語するような見目をしている。


つまりは、眉目秀麗という言葉では言い表せない美しさがあるということで、桔梗と一言話すだけで、息を切らすほどに消耗する奴も多い。

桔梗が実はぼうっとしていて、あまり頭脳派ではないことに気づいたとしても、魅力は損なわれないだろう。


美しい顔を持つ弟を脇に抱えてあのコメンテーターに突き付けてやりたいくらい、椿は本当の美人を知らない人間が憎らしくて仕方がなかった。


「つうちゃん、きいくん、朝ごはん出来たで~」


朝、一階から兄弟を呼ぶ梅の穏やかな声が聞こえる。

月城家の美しき兄弟の一日が始まる合図だ。


時刻は五時半。

高校二年生の椿と中学二年生の桔梗が起床するには随分と早い時間だ。

部活をしている訳でも、家から学校が遠いわけでもない。

ただ、この時間に起きないと満員電車に乗る羽目になる。


それだけは絶対に避けなければならなかった。


「おはよう、ばあちゃん」

「・・・おはよう」

「おはよう。今朝はトーストやで」


祖母の梅は、今年で七十五歳だ。

兄弟の身長が伸びるのとは対照に、梅の身長は年々縮んでいる。

それが兄弟を何とも言えない気持ちにさせた。

だから、椿と桔梗は気づかないふりをして、互いに何も言わないでいる。


「お味噌汁注ぐわ」

「ありがとう、つうちゃん」


小さくなっていく梅に出来るだけ迷惑をかけまいと椿と桔梗は率先して家事を手伝っている。

だけど、朝食の準備だけはどうしても最初から手伝うことができない。

朝が早すぎるため兄弟は起きるのがやっとだ。


「ごめんな、ばあちゃん。今朝も手伝えんかった」

トーストに卵焼きとみそ汁、和と洋がミックスされた皿をテーブルに運びながら椿が声を落とした。


「ええんやで。沢山食べんさい」


和食中心だったが、近所にパン屋が出来てから梅はすっかりパンの虜になった。

定期的にパンが食卓に並ぶようになって、兄弟も密かに嬉しく思っている。


「ほら、きい。溢してる」

「・・・うん」


桔梗のことを、椿と梅は『きい』と呼ぶ。

桔梗なんて名前負けするのではないか、と思うかもしれないが、心配には及ばない。


隣でうとうとしながらパンを食す月城家の次男は今朝も非の打ちどころのない美しい面立ちをしている。


パンを持ったまま首が徐々に真横に傾いていく弟、そして険しい表情で考え事をしている兄。

二人の孫を梅は優しい目で見守る。


椿は考えていることが顔に出るが、桔梗は何を考えているか分からない。

兄弟ともに眉目秀麗であるものの、その資質は全く異なった。


椿はやっぱり考えを募らせていた。

弟である桔梗は成長する度にその美しさが増している。

これまでのあれやこれやが思い返され、心配事は尽きそうにない。


「つうちゃん、お味噌汁飲み」

「あ、うん」


時間がないことを思い出して、椿は慌ただしく食事を再開した。


兄弟の両親は既に他界している。

突然の事故で亡くなったと聞いているが、実のところ幼かった椿はあまり覚えていない。

赤ん坊だった桔梗は尚更だ。


両親の話が出ると梅は少し眉を下げる。

その悲しそうな顔を見たくなくて、兄弟はなるべく両親について質問することをしなかった。


隣に座る桔梗がゆらゆら揺れているので、椿はパンを皿に置いて弟を覗き込んだ。

長いまつ毛が微かに動いた後、瞼が完全に閉じられたので、優しく肩を叩く。


「寝たらあかんよ」

「・・・」

「つうちゃん、ちょっと寝かせてあげましょう」

返事のない桔梗の代わりに梅が答えた。


『つう』は椿の愛称で、これまた祖母と弟だけがそう呼ぶ。


「でも・・・」

「ほら、最近は問題なく過ごせてるんやし」

「・・・うん」

「ちょっと無理し過ぎたんよ。毎朝五時に起きて、学校に行って・・・。ほら、つうちゃんも少し寝なさい。ばあちゃん起こしてあげるから」


その言葉に、椿のがちがちに固まっていた緊張や警戒が少し緩んだ。


「そうしようかな」


この時のことを椿は後に悔やむことになる。


やっぱりちゃんと桔梗を起こして早い時間に登校していれば、あんなことにはならなかったのかもしれない・・・。


今更振り返っても仕方がないのだけど。

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