ジャック・ランダル
周囲を森と山に囲まれたこじんまりとした田舎町、クーラント。
そんな町の外れに位置する食堂に一人の男が現れた。
服装は黒い革ジャンにジーンズ。バックパックをガッシリとした右肩に掛け、黒い短髪の下部に開いた目は僅かながら鋭い光を放っている。
男はランチタイムが終わり客がまばらになった店内を一瞥すると、カウンター席に腰掛けバックパックを足元においた。
「いらっしゃい。何にする?」
店を切り盛りする恰幅の良い中年女性の店主が聞く。
「チリコンカンを。」
「お兄さん、チリコンカンはやめた方がいい。ここのおすすめはガンボだ。」
隣でジャンバラヤを食べていた制服の保安官が口を挟む。
「ちょっとカール!またそんなこと言って、あんた出禁にするよ!」
店主がカールと呼ばれた保安官の男を叱りつけた。
「ここのチリコンカン、異常に辛いんだよ。」
「チリパウダーが入ってんだから辛いのは当たり前だよ!」
「・・・チリコンカンで。」
二人が言い合っている間に少し考えた男だったが、メニューを変更することなくチリコンカンを注文した。
「チリコンカンね。ちょっと待ってなさいね。」
「後悔するぞ。」
「カール!」
店主は保安官を一睨みすると調理に取り掛かる。
「・・・お兄さん、どっから来たの?」
保安官は肩をすくめると、男に質問をした。
「隣町から。」
「そりゃわかる。出身は?」
短く答える男に保安官は苦笑いをしながらさらに質問をする。
「東部だ。」
「東部ね。なんでまたこんな田舎に?仕事場何をしてる?」
「なあ、これ職務質問か?」
あまりの質問の多さに、男が聞き返す。
「まあね。中々外から人が来ることなんてないんでね。やましいことが無けりゃすぐ終わる。協力してくれ。」
保安官はそう言うと、いつの間にか空になっていたジャンバラヤの皿に、スプーンの先端をコツンと当てる。
「わかった。質問の答えだ。一人旅の途中で今は無職だ。」
「はい、お待ち。チリコンカンだよ。」
男が答えたタイミングで、真っ赤なチリコンカンの盛られた皿が店主より差し出された。
「それであんた名前は?」
「ジャック・ランダル。」
男はジャックと名乗りチリコンカンを一口食べる。
「じゃあ最後の質問。味はどうだ?」
ニヤニヤと笑うカール。ジャックの額からは汗が滲み出し、顔もやや赤くなっている。
「確かにちょっと辛いな。」
町外れの食堂で汗だくになりながら辛いチリコンカンを食べる旅人ジャックと、その様子をニヤニヤと観察する保安官カール。
突然、カールから電子音が鳴り響く。
「おっと、失礼。・・・どうした?」
そう言ってカールは胸ポケットから携帯電話を取り出し、通話を始めた。
「・・・まだ昼休憩中なんだけど?それそっちでどうにか出来ねぇの?」
背もたれに寄りかかりダルそうに対応するカール。そして、電話の邪魔にならないよう静かに皿を下げる店主。
「・・・わかったよ。すぐ戻る。・・・おばちゃーん、ご馳走さん。お代ここに置いとくからー!」
カールは通話を終了すると、店の奥に呼び掛け代金をテーブルに置いた。
「何もない町だがゆっくりして行ってくれ。」
そして、ジャックに声を掛けるとカールは店を出ていった。
「ようやくうるさいのが帰ったね。」
タオルで手を拭きながら戻って来た店主が代金を回収しながら言う。
「ま、あれでも頼りになるから、何か困り事があったらあいつを訪ねるといい。」