Extra15 君に捧ぐロイヤルブルー -2-
馬車がゆっくりとスピードを緩め、止まる――聖堂に着いたのだ。開かれた扉から差し出された手を取って降りる。
「……綺麗だよ、エリー」
聖堂の前で待っていたヴィオラが目を細め、微笑んだ。
相変わらず父は人外じみた美しさを保っている。沿道に詰めかけた帝国民たちは白銀の髪に赤眼の父娘を見て息を呑んだ。潜めた声で、おぞましい、と呟いたものもいた。
「あのおねぃさん、まっしろでかわいいね」
陽光を浴びて輝きを増す、花嫁衣裳姿のエリーシャを指さして幼い子供が叫んだ。綺麗、雪の妖精みたい、と舌ったらずな口調で繰り返す子供に笑顔を向け、手を振った。
ざわめく聴衆の中から、皇子妃エリーシャ様万歳、と声が上がった。それが万雷の拍手へと繋がっていく。
「姉さま、とっても美しいですっ……」
ぐすっと鼻を鳴らしたサエラがドレスの長い裳裾を持った。
エリーシャはヴィオラに手を取られ、聖堂の中へと導かれていく。
この赤い絨毯が敷き詰められた道を歩いていけば、もう引き返すことは叶わない。逃げ出すのならいましかない。父の手を振り払い、驚くサエラを放って駆けだして――そんな空想をしながら、思わず笑ってしまった。
もし仮に、エリーシャがそんなことをしようものなら地の果てまで折って来るだろう人物のことを思ったのだ。
それに自分自身、そんなことを望んではいない。
聖歌隊の少年たちの合唱が響く聖堂の中へ入れるのは、ほんの一握りの招待客だけだ。座席に座るふたりの兄がそろってハンカチを片手に涙ぐんでいるのが見えて、思わずふきだしてしまいそうになった。
それにしてもどこに視線を向けても、見たことがある顔ばかりだった。苦虫を嚙み潰したような顔をしている者もいるし、表面上笑みを浮かべて取り繕っている者もいる。
貴族社会は敵と味方が入り混じる。中には本心から祝福しているひとだっていることも理解している。でも――かすかに震える指先に気付いたヴィオラが、大丈夫、とエリーシャだけに聞こえる小さな声で囁いた。
――大切なものは、もうエリーは見つけただろう?
小さく、頷き微笑んで……歩みを止めなかった。
この赤い道の先には「彼」が待っている。
いつかのジェスタ皇太子が着ていたのと同じ濃紺の軍服――皇室に伝わる白銀の宝剣を佩いて、じっと祈るように正面を見つめている。彼のすぐ横に立つジェスタが、エリーシャに目を留め息を呑んだようすで弟を小突いた。
ようやくエリーシャが隣に並ぶと、ユーリスは優美な微笑を湛えて言った。
「待ちわびたよ……愛しいひと」
聞いている此方が恥ずかしくなるような甘い台詞を甘ったるすぎる眼差しまで添えて。思わず視線を逸らしたエリーシャを見て、くつくつと喉を鳴らした。
続いて荘厳なパイプオルガンの音色と共に参列者たちの斉唱が始まる。
神官がとなえる聖句を真面目な顔して聞き流している(とわかる)ユーリスが、いたずらにエリーシャの手を握ってきた。竦むことなく、強く握り返せばかすかに眉を上げる。
そんな水面下の攻防に気付いたようすもなく、神官が長い長い説教のあとに――台本に書かれたとおりの美しいだけの誓いの言葉を贈り合った。
「エリー」
名前を呼ばれ、ついにグレタ産のまじりけのない金を用いた結婚指輪が嵌められた。結婚、という新たな契約を結ぶためのしるしが左手の薬指の付け根に収まる。
もとよりそこに存在していたかのように、自然だった。
そっと静かにユーリスはつぶやいた。
「もう、これでどこにも逃がさない」
じっとユーリスを見つめれば、今朝見た空と同じ青がそこにあった。
気高く美しく、そして愛おしい。
「逃げる気なんて……随分前に失せていました」
息を吐くように言えばユーリスが大きく目を見開き――子供のように笑った。
その笑い声も荘厳な演奏と合唱の中に溶け、消え去った。




