Extra11 グレイスローズ第二騎兵隊の日常 -2-
緊張で足が機械仕掛けの人形のようにぎこちなく動くのをひた隠しにしながら、ラーガはリィホァに話しかけた。
「せ、先日は……チョコレートをありがとう! 美味しくいただいた!」
「ああ。皆さんにお配りしたものですね。お世話になっているお礼に」
義理チョコ。そう、義理で渡すチョコレートのことである。
先日の聖マリヴェールの日に、出勤したリィホァはグレイスローズ第二騎兵隊の各隊員にチョコレートを配った。
無骨な男性隊員どもはこの流行のことを知ってはいたが、まさか自分にそんな僥倖がもたらされるとは思いもせず……勢いあまって求婚しそうになるものも出た。
が、しかしリィホァの「いつも《《皆さんにはお世話になっている》》ので」の一言で、みな撃沈したのだった。
自分だけではなく、他の隊員にも渡されていたと知った騎兵隊員たちの嘆きはリィホァの退勤後に屯所中に轟いた。そして彼らは「義理」でチョコレートを渡すこともある、という知識を得たのだ。
「………」
「……はは」
意味もなく笑ってしまう。
そしてリィホァは多弁な方ではない。ラーガ自身は沈黙は厭わないタイプだが、女性に退屈な男だと思われることは紳士としては避けねばならないと考える昔かたぎなところがあった。
それなら、話題を提供せねばなるまい。この場に適切な、任務中のアイスブレイクになりそうな――。
「そ、そういえば……うちの父が、勝手に俺の振りをして妹に会いに行ったんだ!」
「妹さんのところにお父さまが……ですか?」
きょとんとした表情を浮かべたリィホァを見て、ラーガはうめき声を上げながら胸を押さえた。可愛い。違うそうじゃない。可愛いのはそうだけどいまはそうじゃない。任務中だぞラーガ・フォレノワール!
「うちの父は若作りで……さらに悪戯好きなところがあって。勝手に俺の姿に変装して、エリー……妹のところに遊びに行ったようなんだ。俺はまだ一度も訪ねたことがないというのに!」
なんとか憤慨している格好だけをラーガは作った。
実際は、フォレノワール家の表向きじゃない方の「役割」である、月女神への奉仕のため、ヴィオラがラーガの姿でエリーシャを訪ねたという話だ――別にフォレノワール伯爵として訪問すればよかっただけれど。
つまりただの悪戯なのだ。エリーシャが気付くか試しただけだろう。その結果を嬉しそうにラーガに報告してきたところが本当に、我が父親ながら良い性格をしている。
「妹さんは、ユーリス殿下の婚約者でしたよね」
「ああ、そうなんだっ。俺もそろそろ身を固めろ、と父もぼやいているがさっぱりで、もう舞踏会に参加するにも妹を誘えないから困ってしまうな。ハハハハハ……」
あ。まずい。これでは、俺がそれとなくリィホァにパートナーになってくれないか、と誘っているように聞こえてしまう。それはまずい。そういうのはちょっと、と遠回しにお断りされても傷つく。
どうしたものか、早く撤回せねば。頭の中をぐるんぐるん言葉が回ったが、ふさわしい文言が浮かばない。
こういうときにウィルバーならなんと……。
「先輩の『ラーガ』という名にはどんな意味があるのですか?」
そのとき、リィホァの方から話を変えてくれたのでこれ幸いとばかりにラーガは飛びついた。
「あっ、ああ! 俺のラーガというのは東峰国の言葉で『律』という意味があるらしい。母が読書好きでな……少し変わった名前にしたいと選んだそうだ」
「ああ、やはりそうなのですね」
「そうか、知っていたのか! リィの故郷、百蘭国の隣だものな東峰国はっ」
リィホァが急に立ち止まったので、ラーガもそれに合わせて立ち止まる。
「私のリィホァは、『梨の花』という意味です。香りはあまりよくありませんが……チェリーにも似た白い花をつけます」
「そうなのか! 俺は梨が好きだぞ。甘くて瑞々しくて美味……い」
す、と背伸びをしたリィホァの人差し指がラーガの唇に触れた。
「私の国では名前の由来と意味を教えるというのは、あなたに殺されても良い、というメッセージ、です」
「……ん?」
じ、とリィホァの紫の瞳と視線が絡み、ラーガはその蠱惑的な瞳を呆けたように見つめ返す。
「それはつまり……」
「では行きましょうか。今度は東地区周辺ですね」
「待て、さすがにちょっと待ってくれリィ! もう少し話をさせてもらえないだろうか⁉」
先を歩き始めたリィホァが振り返ると、表情に乏しい彼女の頬がかすかに赤みを帯びていた。
「舞踏会へ……誘っていただけたなら、そのときに」
――ゆっくりとお話ししましょう。
そう言って足早に歩いて行ったリィホァのあとを、ラーガは慌てて追いかけたのだった。




