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Extra07 もし、バレンタインデーがあったら…? -Day1-

聖マリヴェールの日(ヴァレンタイン・デー)、ですか?」


 ええ、とサフィルス宮殿においてエリーシャ付き筆頭メイド、ミレイアがうっとりとした口調で言った。


「元々はヴィーダ帝国教会の聖人、聖マリヴェールが殉教した日なのですが……帝都では愛する恋人同士が贈り物をし合うのが流行なのですよ」

「海を越え、聖マリヴェールの日(ヴァレンタイン・デー)が定着した桜華国では甘いチョコレートを手作りして想いを寄せる相手に渡すみたいで」

「ロマンティックですよねえ」


 ほうっと恍惚とした表情を浮かべ、エリーシャ付きのメイド三人衆(と勝手にエリーシャが呼んでいる)は語り合っていた。

 そういうものなのか、と思いながらもエリーシャはテーブルに並んだチョコレートをつまんだ。この一粒一粒に想いを込めるのだとしたら、なんだか味以上にずっしり重たいように感じてしまうのだけれど。

 口に含めば、舌の上で甘さと苦さが混ざり合う。頭がくらくらするほどのカカオの風味が、口内の温度ねつでとろりと溶けてくる。


「というわけで、エリーシャ様もぜひ、殿下に!」

「……ん?」


 唐突すぎる展開にエリーシャは首を傾げた。何か自分に係るような話があっただろうか、いまの雑談に。きょとんとしていると「さあさ、善は急げですわ」と背中を押されて、自室から廊下に出た。


「ええっと、これはどこに向かっているの……?」

「ふふふ、わたくしどもにお任せくださいませ。最高の聖マリヴェールの日(ヴァレンタイン・デー)の日にいたしましょうね!」



✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼



 さて、どうしたものでしょうか。

 エリーシャが厨房のテーブルの前で考え込んでいると、サフィルス宮殿のパティシエが恭しく傅いた。


「エリーシャ様! ユーリス殿下にチョコレートをお渡しになるとのこと――私共使用人一同、全力でお手伝いさせていただく所存です」

「あ、あの……」

「差し出がましいようですが一つ助言させていただくとしましたら、殿下は少し苦めなお味の方が好まれるかと。ええ、お任せくださいっ、殿下好みの味のチョコレートを一緒に作りましょうねっ」


 製菓担当者もメイドたちに負けず劣らず、十分すぎるほどの熱意をもって接してくれる。

 否定も肯定もせず厨房に来てしまったエリーシャは、何故かユーリスあてにチョコレートを作ることになってしまった。流されやすいというか、こう言い出しにくかったので気づいた時にはエプロンを着ていたのだ。


 チョコレート、ですか……。


 メイドたちの話を聞いていたときは、へえそうなんだ、くらいの関心しかなかったというのにあれよあれよという間に、婚約者のために手作りチョコレートを用意する羽目になってしまった。


「そもそも……ユーリス様はチョコレート、お好きでしたっけ?」

「えっ! ええもう、それは……アハハ」


 エリーシャが首を傾げると、パティシエ及びキッチンメイドたちが明らかに動揺した。いうなればぎくっとしていた。勝手な印象だが、ユーリスはエリーシャに甘味を食べさせたがるが自分自身で食べている姿をあまり見ない。


「もしかしてあまりお好きではないのでは……」

「決して! そのようなことはございませんっ。エリーシャ様が差し入れなさるのであれば喜んで受け取るに違いありません!」

「……」


 それはもう既に、ふだんはあまり好まないのですが「エリーシャ」から渡せばユーリス殿下も召し上がるかもしれない、と言っているも同然なのだが。

 そこはかとなく存在したやる気もその話を聞いた途端にぷしゅん、と空気が抜けた風船のようにしぼんでしまった。


「チョコレートは集中力を高める効果などもあるとか聞きますし、政務でお疲れの殿下にはぴったりの甘味なのです」


 力説するパティシエには悪いが辞退させてもらおう、そう思っていたときのこと。


「ねえ、なんだか面白そうな話をしているね」


 涼やかな声が厨房に響いたのだった。

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