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【エピローグ】そして、二人は――


 大聖堂の鐘が三度鳴り響き、白い鳩が鐘楼から一斉に飛び立った。

 ひらひらと純白の羽根が宙を舞い、地上へとゆっくりと落ちてくる。


 ヴィーダ帝国歴703年青薔月(ろくがつ)――皇室の結婚式が執り行われた。


 純白のドレスに身を包んだ女性と、紺色の軍服姿の男性が寄り添うように並んで、階段をゆったりとした足取りで降りてくる。

 指揮者の力強い腕の動きに合わせ、楽団の演奏が高らかに始まった――ヴィーダ帝国軍の伝統的な行進曲だ。


 別名ローズ・マーチと呼ばれるこの曲は、勇ましい曲が多い行進曲の中でも特別な……晴れの日に演奏される曲として知られている。

 いわゆる「結婚」のときに、演奏される曲として。


「まさか、兄上に先を越されるとはね」


 参列した人々や、民衆からわあっと祝福の声が上がる。

 その歓声にまぎれてすぐとなりにいたユーリスが呆れまじりの声で呟いた。人目をはばからない発言にエリーシャはひやひやした。


 皇太子となったジェスタ第一皇子の隣には、金糸で華やかな薔薇の刺繍が入れられた伝統的な花嫁衣裳を着た令嬢が立っている。

 ただその顔色は真っ青で、本当にこれは結婚式かと疑いたくなるような――怯えた表情を浮かべていた。いっそこれから彼女は処刑されるのだと言われた方が納得してしまう。


「アナベル嬢も笑えばいいのにね。嘘でも笑っていればいつか本当になる」

「さすがにそのような胆力があるのはユーリス様ぐらいかと……」


 ウィンダミア子爵家は内々に処分された。

 ジェスタの暗殺には触れられることはなく、他の罪を犯したとして爵位を剥奪され――平民となった。ウィンダミア卿夫人は、伝手を辿って親族の屋敷に住まわせてもらい静かな暮らしをしているという。

 実行犯としてライアンに協力したアナベルは、処刑されるのが相当だと【評議会ロザリウム】でも言われていたのだがジェスタが止めたのだ。


 彼女に、求婚することによって。


『アナベルは、これでもう俺を拒めないだろう? ……死ぬか、俺と結婚するかこの二択なのだから』


 そんなふうに、ジェスタが話していたのだとユーリスはおかしそうに言った。

 兄上が女性のことをそんなふうに追い詰めるなんて考えられない、と。まるで他人事のように。


「そういうところ、ジェスタ皇太子殿下もユーリス様によく似ていらっしゃいますね」

「……含みがある言い方だね。君も言うようになったじゃないか」


 人々の目は主役に注がれている。

 どうせ誰も見ていないだろう、と囁きながらユーリスはエリーシャの手を握って来た。咎めるような視線を向ければ、けらけらと楽しそうに笑った。


「で、でも……」

「僕と手を繋ぐのは嫌?」


 はい、かいいえでしか答えられない問いをユーリスは投げかけてくる。そしてエリーシャがどんなふうに答えるかさえも見抜いているような気がした。


「いやでは、ないです」

「そう」


 そっけない返事ではあったが、ユーリスは嬉しそうだった。

 少し前までは自分の気持ちを押し隠しているようなひとだったのに、どうもわかりやすくなった――おそらくはわざとだろう。あえて、気付いてもらいたがっている。

 そのおかげで、エリーシャの心臓がたないのだが……おそらくそれもユーリスはわかってやっている。


 すべての帝国民から祝福を受けるジェスタとアナベルから、ユーリスはエリーシャに視線を戻した。ざわりと波立つ感情を必死で抑えようとしたのに、間に合わなかった。


「僕と結婚してほしい」

「っ、あ……」


 言葉に詰まったエリーシャのゆるやかにウェーブした銀灰色の髪を撫で、ユーリスは続けた。


「……出来ることなら焦らさないほうが賢明だよ。今度こそ、強引にことを進めることは避けたいからね」

「まるで脅迫みたいですね……」


 そう、脅迫だよと悪びれずにユーリスは言った。


「大体、ひどいのは君の方だよ。『婚約を解消するわけではないけど、ひとまず延期させてほしい』……なんて、ひどいんじゃないかな。僕はいつとも知れない命だっていうのに」

「冗談でもそんなことを言わないでください! わたしはユーリス様にはわたしより長生きしてもらわないと嫌です」

「なんだいそれは……僕に看取ってほしいの?」


 そういうわけではない、のだが。


 ――彼が、いなくなった世界を見ているのはとてもつらいものだと思うから。


 こんなことを言ってしまうと認めたも同然になってしまう。エリーシャは必死に言い訳を探した。


「……えっ、と、あの」

「エリーシャ・フォレノワール」


 声の調子が変わった。

 まずい、と思った。もうユーリスを止めることは出来ないと悟る。


「僕のすべてを、これからは君のためだけに使いたい」


「結婚してくれる?」


 この言葉を言われたのは、もう何度目になるだろう。


 最初に契約上の婚約を持ち掛けられたときは数えないにしても、もう片手では足りない数になっているような気がする。

 ど、どうしましょう、と。

 あわあわしながら目を泳がせたエリーシャを見て、くつくつと喉を鳴らしたユーリスに「ああ、またいつもの冗談なのですね」とほっとした。


 結婚しよう、結婚したい、ユーリスが言葉を重ねるごとに重みを感じなくなっていた。

 気を取り直して、エリーシャはいつもどおりの答えを返す。


「その……少し、考える時間をいただきたい、のですがっ」


 そう、といつもは引き下がる。ユーリスは「君との愛はゆっくり育みたいから」と強引なことはしない。

 いつもどおりであれば。


「もちろんダメだよ」

「な」


 絶句した。

 開いたままの唇に触れた温もりは、いつもよりも遥かに長いあいだ共有し合った。ちゅ、と濡れた音と共に離れたユーリスの唇の端には、かすかに、エリーシャがつけていた紅がついていた。


「君の気持ちは聞かなくてもぜんぶ、わかっているからね。《《僕も》》愛しているよ、エリー。いままでも、そしてこれからも」


 ずるすぎる。

 そうこぼしたエリーシャの唇をユーリスが立て続けに塞いできたせいで、不満は呑み込まざるを得なかった。



了 


・:✿.* ʜᴀᴘᴘʏ ᴇᴠᴇʀ ᴀғᴛᴇʀ.・:✿.*


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