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51 過ちと告白

 ちゃぷん、と揺れる波音の合間に女性のすすり泣く声が混じっていた。


 ライアンは階段を上がって船室キャビンを出て行き、倉庫じみたこの室内にいるのはエリーシャとアナベルしかいない。


 ――いまを逃す手はない……!


 そっと物音を立てないように身体を起こすと、エリーシャはゆらゆら揺れる床を壁伝いに歩いていく。たかだか数歩の距離を慎重に歩いたせいでかなり時間はかかったが、蹲るアナベルのもとになんとかたどり着いた。


「あの、アナベル様……」


 ライアンに見つからないように小さな声で呼びかけたのだが、彼女自身の泣き声に掻き消されて届かなかったらしく顔さえ上げてくれない。膝をついて目の前に座って、少し大きな声で言った。


「アナベル様っ!」

「っ」


 びくっと肩を揺らして泣きじゃくっていたアナベルが顔を上げる。凛とした佇まいが美しかった彼女の目は真っ赤に腫れて、薄いながらも丁寧に施されていた化粧が滲んでいた。

 ハンカチを手渡し、涙をぬぐうように促したがアナベルは呆けたようにエリーシャを見た。


「エ、リー…シャ、さま……」

「申し訳、ありません……じつは、先ほどのおはなしを……きいて、しまって」


 アナベルの表情が歪む。ぶわっと涙がさらにあふれ出た。


「愚かだと、思われるでしょうね……お茶会ではえらそうに、あなたに淑女の作法などを説いておきながら……私は、取り返しのつかないことをっ!」

「あ……」


 どんな慰めの言葉も浮かばなかった――こういうとき、どんなふうに励ませばいいのだろうか。


 なんてひどいことを企てたのですか、と怒ればいいのか。

 あなたは悪くない、大丈夫、理由があったのだから仕方ないと気休めの言葉であるとわかっていても口にするべきなのか。


 あわあわしながら、視線を泳がせてなにも言えずにいると、アナベルは少し落ち着いたのか息を吐いた。


「すみません、取り乱してしまい……あなたを巻き込んでしまって、本当に申し訳なく思っています。ルシャテリエ宮殿での私の行動は見張られていて――傷は痛みますか? ライアン様が、使用人に命じてエリーシャ様を、その」

「あ……」


 後ろから殴られた――。アナベルに話しかけるのにせいいっぱいで、一瞬、忘れていたがあらためて傷がずきずきと痛んだ。

 あまりにもエリーシャは迂闊だった。

 当然思い至らねばならなかったことに気が付いていなかった。


 そうだ、侯爵家で開かれた茶会でアナベルと話していた者がいたように、この第一皇子暗殺にかかわっていたのは彼女だけではない。


 ライアン単独でもないだろう――まだ全容を把握できていないが、社交界の中にもおそらくたくさんの協力者、つまりは「ユーリスの敵」がいるはずだ。ユーリスにも釘をさされていたというのに、彼の役に立ちたいと先走ってしまった。


 おそらく茶会のときにアナベルと庭園にいたのが、ライアン・モーヌだ――エリーシャの実家、フォレノワール家が各所から仕入れた情報は持っていたのに……そういえば侯爵家の子供たちとライアンは親しかったはず。


 ふだんから付き合いがあるからこそ、ライアンが侯爵邸の敷地内に出入りしようが、さほど不自然なことではなかっただろう。

 マーガレット嬢が主催するお茶会に参加してはいなくても――ミッドナイトブルーのカラーコードを守っていなくても、侯爵家の人間は不審に思うことはなかった。


「エリーシャ様、どうかなさったのですか」

「いえ、わたしのダメさ加減に落ち込んでしまって……」


 床に手を突いて、項垂れたエリーシャを前にアナベルがひどく青ざめた顔で呟いた。


「必ず、罪を償います……この状況では、それも難しいのですが」

「そ、そうですっ、とりあえずおはなしは此処を脱出してからにしましょう……っ!」


 元気づけるようにアナベルの手を取ると、エリーシャはぎゅっと握りしめた。

 まばたきと共に涙がはらりと落ちる。


「アナベル様、きっと大丈夫です――ジェスタ殿下とユーリス殿下、おふたりに事情を説明しましょう。私と、一緒に」


 強く言い切ったエリーシャに圧されてアナベルは視線をさまよわせたが、確かにこくりと頷いた。

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