46 フォレノワールの一族 -1-
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エリーシャがルシャテリエ宮殿のダンスホールからいなくなった。
捜索に向かわせた部下たちはそれなりには「使える」者たちであるが、一刻も早く婚約者を見つける必要がある。
なにしろ状況からして、自発的にいなくなったとは考えにくい。
エンゲージリングを指から引き抜いて、残したその意味は――何をどう解釈しても「助けて」でしかないのだから。
仮に第一皇子を排除――暗殺を目論むような危険な連中に攫われたのだとしたら、エリーシャをそのまま生かしておくとはとてもじゃないが思えない。
ユーリスとの交渉材料として使われる可能性もないわけではないが……奴らは何のためらいもなく彼女を傷つけるだろう。大義のため、と口ばかりの正義を振りかざして。
「……わあ、手ぇ痛くないですか?」
軽やかな声音が背後から聞こえてきたのは、ユーリスが手近な壁を力任せに殴りつけた直後だった。
振り返れば「こわいかおですねえ」とゆらめく水面のように、読めない表情の男が此方を見ていた――否、見物していたと言った方がふさわしい。
「どうもこんばんは、親愛なる殿下君。どうしちゃったんです? そんな馬鹿みたいな八つ当たりなんかしちゃって』
そういうの、冷静なあなたには似合わないんじゃないんじゃないですか。
などと、知ったような口をきいた。
やわらかそうなくせのある髪は、フォレノワールの一族の特徴を有する白銀色。切れ長の眸と右目の目元にある黒子が妖艶な印象を与える。
もちろん、その双眸は紅玉のごとく輝きを放っていた。
「……ウィルバー・フォレノワール、義兄上。どうも、ご無沙汰しています」
ユーリスの挨拶に、大ぶりな腕輪やら首飾り、耳飾りなどのアクセサリーで着飾ったウィルバーがじゃらじゃら音を鳴らして手を振った。
伝統ある【祝勝祭】にふさわしいとは思えない派手な格好だが、彼が着ると不思議と下品には見えない。
社交界の華、【帝国の薔薇】と称されるユーリスとは真逆ではあっても、ウィルバー・フォレノワールという男がひどく人目を惹くことは確かだった。
主に既婚女性や未亡人から、ちょっとした遊び相手として重宝されていると聞く。彼の存在そのものが、華やかな装身具のように思われているのだろう。隣に置いておくだけで、注目を集めることは間違いなしだ。
そんな遊び人がどうして、よりによって「いま」声を掛けてきたのか。
くそ、とユーリスは心の中で舌打ちした。いまはこの男が義兄だろうが皇帝だろうが構っている暇はない。
一刻を争う事態なのだ――どんな手を使ってでも、エリーシャを探しださなくては。焦りばかりが募るユーリスをじいっと、紅い双眸が捉えている。
獲物を捕捉し、いざ飛び掛かるまでの狙いを定めようとしている蛇にも似たねっとりとした視線を向けていた。
「あは。『あにうえ』がものすごく棒読みですねぇ……冷静さをかなぐり捨てて。いかにも余裕がない、って感じだ。ああ……そういえば」
――うちの妹はどこにいるんです?
ウィルバー・フォレノワールはにっこりと笑いながら尋ねた。




