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44 記憶の中の少女 -1-


『最後になりましたが、僕からご報告があります』


 金葉月じゅういちがつ議会の締めくくりに、ユーリスとエリーシャ・フォレノワールとの婚約を発表すると、日ごろ息子に無関心な皇帝さえもあんぐりと口を開けていた。


 それもそのはず、今日はただの秘書官としてユーリスはこの場にいただけだった。可決予定の法案に対して議員たちが出した意見を速記したものを横目で見ながら、皇帝が発言する際には適宜助言を行うという役割で、特に重要なものでもない。


 つまり議会閉会直前に行われた「僕、婚約します」というユーリスの発表は、事前に誰も、何も、聞かされていなかったのであった。

 当事者であるフォレノワール伯爵だけがへらりと感情の読めない笑みを浮かべているばかりだ。


 断っておくと、ユーリスがフォレノワール伯爵家に持参した婚約のための書類も、ユーリス本人がすべて手ずから用意したもので、皇族しか使用を許されない特殊な紙を用いた正真正銘の「本物」である。


 それゆえに、ユーリスがいま皆に見えるように掲げている「求婚書」の控えと「承諾書」はヴィーダ帝国法の下に有効なものと言わざるを得なかった。


 しかも皆が皆、婚約相手があの「フォレノワール伯爵」の娘だということに驚きを隠せないようすだ。

 議会が終わると出席していた貴族たちはいっせいに、爆弾発言をした話題の人物を問い詰めるべくユーリスのもとへ殺到した。


『ユーリス殿下っ! こんなのあんまりです、先日の晩餐会ではうちの娘と親密にお話をされていたではありませんかっ』

『いえ私の妹が殿下にずっと思いを寄せていることをご存じのはず』

『それがあのド田舎のなんの利点もない土地にしがみついている変人、フォレノワール伯爵の娘なんかと……』

『おや、ひどい言い草ですね』


 第二皇子を取り囲んでいた有力貴族たちの背後に、すらりとした長身の美男が立った。


 年齢不詳の魅惑の麗人――辺境に住む異端者。

 様々な異名を持つフォレノワール伯爵が微笑むだけで、その場の空気が一色に塗り替えられる。同性である貴族たちも彼の美貌に見とれ、迫力に圧されているのがユーリスには見て取れた。


『うちの娘は恥ずかしがり屋で、あまり社交の場には出向かないことが多いのですが……殿下に見初めていただけて光栄です』

『ええ。僕も、フォレノワール伯爵とは並々ならぬ縁を感じています』


 表面上は冷静に振る舞ってはいるが、いますぐにでも伯爵の襟首を掴んで「知っていることをすべて教えろ」と問い詰めたい気持ちでいっぱいだった。

 もちろん婚約者エリーの父にそんな無礼は許されない。

 だが、フォレノワール伯爵ただひとりが己の疑問に答えることが出来る、ユーリスはそう直感していた。



 ――何故どうして、僕はエリーシャ・フォレノワールのことを忘れていたのか。


 

 婚約式を挙げるまでの間、ユーリスは自問自答の日々を送っていた。

 あれほどまでにユーリスの心を揺さぶった存在はいなかったのに。


 もう会えなくなったあの子。舌ったらずな喋り方が可愛い女の子。

 エリーと呼んでいた少女の記憶が、フォレノワール州に赴き婚約を申し込んだあの日――眠っていたエリーシャの額に口づけた途端、一気に流れ込んできた。


 まだユーリスもエリーシャも幼かったあの、遠き日々を想うと、ふいに胸が苦しくて泣きたいような心地にもなる。


 ――あの頃、僕たちは確かに友達だったんだ。


 孤独だった子供時代、フォレノワール伯爵が愛娘であるエリーシャをサフィルス宮殿へと連れてきた。

 エリー……ユーリスのたったひとりの友人は、いつのまにか頭の隅に追いやられて存在しなかったことになっていた。


 エリーシャに出会ったあの日も、ただ彼女が持つ不思議な能力を利用することばかりが頭にあった。


 フォレノワール家の者が持つ【異能ギフト】、特にエリーシャの【同調シンク】はユーリスの目的――兄が玉座へと至る道に置かれた石ころや、悪辣な罠、邪魔な人間……阻むものすべてを排除するために役に立つことだろう。


 ――だが、どうしていままで思いつきもしなかったのだろう。


 彼女こそが、ユーリスの眸を変えたのでは、と。

 きっとあの子の手がユーリスに触れたとき、周囲から疎まれてきた己の赤眼はあおへと色を変えたのに。


 フォレノワール一族が持つ不思議な【異能ギフト】が何か大きな変化をユーリスに与えたのだ。


『ゆーり』


 忘れるはずがないほどにユーリスの中に深く刻まれた彼女の面影が、いまさら胸のなかでふくらんで、呼吸さえもままならないほど苦しくてたまらない。


 フォレノワール伯爵邸に赴いたあの時に、エリーシャに口づけしなければ――知ることはなかったのかもしれない。

 やはり、ヴィオラと話をしなくては――ユーリスは決意を固めていた。




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