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36 ユーリス・モレット・ヴィーダ


 ――退屈だった、何もかもが。


 ユーリス・モレット・ヴィーダ、この名前に生まれたことに文句などはない。

 むしろ有難いとさえ思っている。

 この世に生を受けてすぐに忌み嫌われた皇子だったとしても、平民やその他貴族の生まれだったのなら、自分はもっと早くに死んでいただろうから。


 息が凍るほどに冷たい黒雪月じゅうにがつの夜更けのことだった。


 胎で育った子が取り上げられ、産声を上げた瞬間――皇后の寝室にはふたり目の皇子の生誕を祝う声で満たされた。誰もが笑顔を浮かべ、まだ小猿のようにしか見えずともその小さな赤い手を見て幸せを感じた。


 だが、その幸福は長くは続かなかった。


『ど、どういうことなのです、これは……っ⁉』


 二週間後、ようやく目を開けた赤子の片眼は母親譲りの碧空色をしていた。

 ただしもう片方の眼の虹彩には明らかな異常が見受けられた。


 父母のどちらとも、そしてさらに曽祖父まで系譜をさかのぼったところで見られたことがない形質――深紅の眼球が皇子の左目に埋め込まれていたのだ。

 栄光ある第二皇子の生誕を汚す怪異そのもののように、もしくは大いなる罪過の発現のように。


『まるで血に濡れているような眸だわ』

『御子は呪われてしまったのでしょうか』


 乳母や皇后に仕えるメイドたちはこぞって噂した――もしくは皇后による不貞の証拠なのではと醜聞を騙る者も少なくなかった。


 帝国で唯一、その異形のまなこを持つフォレノワール伯爵を参考人としてひそかに皇宮に招聘したものの、皇后、伯爵共に身に覚えがないと強く否定した。

 自らの妻であるフォレノワール伯爵夫人への深い愛情を、熱烈に語り始めたヴィオラ・フォレノワールに辟易し、もういい下がれと皇帝が告げたことまで当時の秘書官が残した記録に書かれている。


 その代わり、フォレノワール伯爵が証言したのが【月影の民】の逸話だった。

 歴史書を紐解き、現皇帝の曽祖父からさらに六代ほどさかのぼったところ、深紅の双眸を持つ皇女の記録が書庫の奥深く、秘密裏に保管されていた。


『フォレノワール州に先住していた月影の民の血が混ざり、ヴィーダ帝国民の中にも時々このような形質――赤眼を持って生まれる子がたびたびいるのです』 


 ただフォレノワールの家系からではなく、突然変異として生まれる者は忌子いみごとして嫌われ、虚弱な体質であることが多い。

 周囲には秘匿されて、邸宅を出ることもなく生涯を終える者もいる。平民であればなおのこと、世間から見捨てられ不遇な人生を歩むことが多いのだ、と伯爵は語った。


 フォレノワール伯爵の好人物ぶりは帝都でも有名で、巧みな弁舌で行われた説明によって最も疑り深かった皇帝までもが納得し、皇后はほっと胸をなでおろした。


 一時は廃嫡さえ有り得たユーリス・モレット・ヴィーダは、幸いにも正式に皇子として育てられることとなった。

 一歳、二歳、三歳とだんだん成長するにつれて、ユーリスの美貌は際立つようになった。兄のジェスタを凌ぐ容姿だ、とは言われてはいたのだが、やはり赤眼のせいで正当な扱いを受けることはなかった。


 否定されたとしても疑念は宮殿で暮らす人々の胸の内に根を張り、その扱いにも表れていた。

 病気がちであるからと第二皇子を世間の目から遠ざけて、ユーリスが六歳を迎えても正式なお披露目を避け続けていた。高名な画家に描かせた家族四人の肖像画は倉庫の奥深くに仕舞われ、その画家もいつのまにか帝都から姿を消した。


 やがて、その咎であるかのように第二皇子の体調は、常々周囲に言い続けていた「病弱」という言葉どおり次第に悪化していった。


 一晩中、咳が続き真っ赤な血を吐く皇子を見かねて再び皇帝はフォレノワール伯爵に意見を求めた。


『差し支えなければ、私が力を貸しましょう』


 その誘いに一も二もなく飛びついた――伯爵によるユーリスの「治療」の甲斐あって、吐血の頻度は減少し、病状は少しずつ安定していった。


 そして治療の副作用のうちのひとつとして、皇子の左目は右目と同じ、碧色あおいろとなった。




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