33 予期せぬ行動
「……あれ?」
動向に意識を集中させていると、アナベルが手の中に何かを隠し持っていることにエリーシャは気付いた。
少し離れた位置にいるジェスタ皇子をちら、と見てから自らの身体で隠すように預けられたグラスを近くにテーブルに置いた。ひとを避けながら早足でアナベルの行動が視認できるまで移動する。
そのとき、さっと前を横切った小さな影が勢いよく突進してきた。
どん、とぶつかってきた衝撃でエリーシャはよろけて転倒し「それ」にぐしゃりと押しつぶされた。
「いっ、痛ぁいなぁ! ぼくを誰だと思っているんだ、不敬だぞ!」
馬乗りになった少年がわめいている。おかしいな、この年頃の子供は朝まで続くこの【祝勝祭】への参加を禁じられているはずなのに、と考えていた最中、少年が大声を上げた。
「ん……ああっ、おまえ羊女だ!」
「え……あっ、レミル公子様? どうしてこちらに……っていまはそんなことをしている場合ではなかったのでしたっ!」
道理で見覚えがある顔だと思ったが、この絶妙にいらっとくる呼び名で思い出した。食事会で会ったモーヌ公爵の末息子、レミルだった。
しまった、騒がれると目立ってしまう。
「ぼくはねー、父さまがお忙しいからって、兄さまが代わりに連れてきてくれたんだっ。なあなあこれって、ぼくも公爵家の一員としてようやく一人前と認められたってことだよなっ。えっへん」
ただでさえ子供がうろついているだけでも注目を集めているだろうに、一緒にいるのがエリーシャだと露見すれば面倒なことになりかねない。
「レミル様、申し訳ありませんがお静かに……それとわたし、いまとっても急いでいるのです」
「ええ、やだやだっ、行かないで! こんな古臭いパーティーつまんないんだよー! 公爵家の舞踏会の方がよっぽど派手だしすごいんだからっ。ね、エリーシャ、一緒に遊ぼうっ」
まずい――レミルにエリーシャが此処にいる、と認識されたために【同調】の効果が薄れてきている。
レミルと共にいる人物が「エリーシャ・フォレノワール」だと周囲が気付いてしまえば「目立たず地味に、空気のように」をモットーにしてきたエリーシャの調査任務が一気に台無しになってしまう。
フォレノワール家の能力には使用限度があり、長時間掛け続けたり、何度も掛け直したりすると反動が大きくなるという性質があった。
ちなみにエリーシャの場合は、能力を使いすぎると所かまわず眠ってしまうというものだ。無理に【同調】状態を継続した結果、うっかり床でぶっ倒れたまま眠り込んでしまったとすれば、社交界の珍事として、またはしたない令嬢だと評判になってしまう。
どう切り抜けたものか――アナベル嬢の不審な動きを目で追いながら思案していたときだった。
「姉さま、ここは私が」
「な――サエラ⁉ どうしてあなたが此処にいるの!」
し、と唇の前に人差し指を立ててエリーシャの前に立った妹に仰天した。
おそらく父が連れてきたのだろうが近くに姿が見えない――問い質したい気持ちはあったが、いまは優先すべきことがある。
「ありがとう、サエラ! レミル公子様申し訳ありませんっ、わたし失礼しますっ!」
「おい待て、エリーシャっ! ねえ待って……ふごぉっふ」
サエラが手にしていたベリーのケーキをレミルの口に勢いよく突っ込んだような気がしたが、エリーシャは見なかったことにした。




