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29 赤眼の少年

「まったくあの子は……」

「わたしにはあんな態度を取らないのに。お父様、何かサエラを怒らせるようなことしたんですか?」

「――いや? 反抗期じゃないかな?」


 しれっとした表情で断言した父を「怪しい……」と見上げればわざとらしくたじろいでみせた。どうやらエリーシャには言えない事情がありそうだ――それ以上追及しないでね、のアピールだとはわかったので、仕方なくため息だけで許してあげることにした。

 ヴィオラはエリーシャの手を取って体温ぬくもりをわけるように握りしめた。


「エリー。大変だったと聞いているよ。巻き込んでしまい申し訳なかった、とユーリス殿下も仰っていた」

「ゆ、ユーリス様が……⁉ いえ……わたしがもう少し気を付けていれば、閉じ込められることもなかったのです。本当は、あの方のおそばにいる資格がないのかもしれません」


 言いながらぎしりと胸が軋むように痛んだ。

 たとえばサエラなら、ユーリスのために役に立つ道具を【創造クリエイト】できただろう。自分の能力は所詮、立ち聞きにしか役に立たない――地味な自分そのもののようだ。

 

 まだ幼いというのは脇に置いて、サエラがユーリスの婚約者となっていたなら。


 そんなふうに考えはじめるとわけもなく目の奥が熱くなり、こぼれおちそうになる感情を唇を噛むことで押しとどめた。


「おや、エリーシャは自分の価値を理解していないんだね」

「お父様……わたしに価値なんて、ありません」


 何度も同じような問答をしてきたような気がするが、ヴィオラはいつだって、自信満々に笑って言うのだ。


 きみはせかいで最高の娘だよ、と。


 私はきみが大好きだ、と枯れない花を贈るように両手いっぱいの愛を注いでくれる父が、エリーシャは大好きだった。


「私の可愛い一人娘は、メルディアと同じことを言うんだね」

「……お母さま、ですか?」


 いまはもう肖像画の中でしか会えないが、どの絵を見ても母はどことなくさみしそうな顔をしている。笑っていても、家族といてもたえず息苦しそうに、何かを堪えているような表情だったのをよく憶えている。


「メルディアは、エリーシャによく似ているよ。とても可愛いらしい人だった。私を愛してくれたし、子供たちを愛してくれた。それでも……自分がフォレノワール家の者ではないことを気にしていた」

「そうだったのですか……」


 記憶の中の母はいつも笑っていた、頭を撫でてくれた。

 大好きよ、と言ってくれた。


 それをエリーシャはサエラに自然と返していた。

 エリーシャは思い出を手繰りながら母親を真似ていたが、子供の自分では気づかなかったような想いを母は抱いていたのかもしれない。


「仲間外れのように思っていたのかもしれないね。加護のおかげで子供たちも私も、あの土地(フォレノワール)では神様のように扱われてもいるから」

「そんな――お母様は、お母様なのに」

「そうだ。エリーシャだってエリーシャだ、同じだろう? エリーだから価値がある。エリーシャ・フォレノワールだから、私は愛しているんだ」


 言い返そうと開いた口を、エリーシャは閉じた。


 胸の内でくすぶったもやもやを言葉にすることは出来なかったし、それがただ大好きな父に駄々を捏ねて甘えているだけのように思えたからだった。

 その代わりに、すう、と息を吸い込んで気持ちを切り替える。ヴィオラに会えたら確かめておきたいことがあったのだ。


「お父様……ユーリス様と一緒に、ヴェルテット宮殿の地下に閉じ込められたときなのですが」


 急に話題を変えたエリーシャに驚いた様子もなく、ああ、とヴィオラは頷いた。


「一枚の絵を見たのです」



 それは一組の家族を描いたもののようだった。


 倉庫に仕舞われて埃をかぶっていたが、さほど古い絵画ではない。

 濃紺の軍服に金の飾緒が映える、生真面目な顔をした金髪碧眼の男性と、同じく金髪で焦茶の瞳の女性。彼らの子供と思しき少年二人が夫婦の前に立たされている。


 父の側に立っている少年はやたらと眼光が強く、気難しそうな顔つきが父親によく似ている。母の側に立っている少年は、もうひとりの子よりも背が小さく――おそらくは弟なのだろう――優しげな顔が母親似だった。


 ただその弟の左目は、父親の焦茶とも母親のあおとも異なる色を帯びていた。


「その少年の眸の片方が深紅――我々、フォレノワールの一族、月影の民にのみ受け継がれる形質を示す色をしていました」


 エリーシャの告白に、ヴィオラはかすかに息を呑み、しばらく考えこんでいた。


「お父様、もしかすると……」

「エリーシャ、憶測でものを言うのはやめなさい」


 鋭い声音で制されて、エリーシャは唇を引き結んだ。


「――あり得ないことではないさ。フォレノワールに住んでいた月影の民はヴィーダ帝国に併合されたことで、帝国中に散ってしまった。だから皇族に、フォレノワールの血が入っていたとしてもおかしくはないだろう……誓うよ、私は彼女の生前も死後も妻一筋なんだ。他の女性と関係など持っていない」

「いえ……さすがにわたしもそんなふうに疑ってはいませんでしたが」

「よかった! 娘に不貞を疑われたかと思って心臓が縮み上がったよ……」


 ほっと胸をなでおろした、というような芝居がかった仕草でおどけた父を見て、エリーシャの緊張が緩んだ。


「……でも、お父様も同じお考えなのですね」

「エリーシャ。これから何があったとしても、フォレノワール家はおまえと、ユーリス殿下の味方だ。約束しよう――月影の民の名に、月女神ディアナにかけて」


 答えにたどり着きながらも、触れてしまった秘密に踏み込む勇気が出ないまま、エリーシャは口を閉ざした。


 

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