25 異能令嬢は病弱皇子を支えたい。2
思わず身を乗り出していたのを慌ててひっこめて、ドアを開けると、なにかとエリーシャの世話を焼いてくれているメイドが立っていた。
「エリーシャ様。ああ、やはり殿下のお部屋にいらっしゃったのですね」
「あ、ご、ごめんなさい……」
おどおどしたようすのエリーシャを見て、メイドはにっこりと、いやにんまりと微笑んだ。
「睦まじいようで何よりでございます。では、こちらのお茶を殿下に」
「えっ、ミレイア待って!」
押し付けるように銀色のワゴンを渡すと、ごゆっくりと逃げるように去っていった。メイド仲間で集まってエリーシャとユーリスのことを語り合うつもりらしい。
ユーリスが寝込んでいるあいだ「私共はおふたりのカップリングを推しておりますので! エリーシャ様、どうか殿下を見捨てないでくださいませっ」というよくわからないことを言われたのを思い出した。
あれはどういう意味だったのだろう、そんなことを考えながらエリーシャはベッドの近くまで配膳台をごろごろ押していった。
「なんだい、これは」
ユーリスが身を乗り出して、ワゴンに準備されたティーポットとカップを見つめている。エリーシャが代わってポットの蓋を開けると、ふわりと室内に植物の香りが漂った。
「薬草茶のようですね……ゲンコツネのにおいがします」
ゲンコツネは高原に生える薬草で、根の部分を煎じて飲むと滋養強壮に効くと言われている。エリーシャも風邪を引いた時によく飲まされていたような記憶があった。
「ああ……これ嫌いなんだよね。苦いから」
顔をしかめたユーリスがまるで小さな子供のようなことを言うので思わず頬を緩めた。なに、と不服そうにエリーシャを見てくるところまでそっくりだ。
「ふふ、いえ……うちの妹みたいだなあと。あの、少し待っていていただけますか」
案の定、メイド仲間たちと盛り上がっていたミレイアにお願いして厨房から小瓶を取ってきてもらった。急いでユーリスのもとに戻り、ティーカップに瓶の中身をすくって入れる。
上体を枕にもたれ掛けさせていたユーリスが、とろみのある黄金色の液体を興味深そうに覗き込んだ。そこにポットの中の薬草茶を注いだ。
「こうして蜂蜜をひとさじ、くるくるスプーンで溶かして混ぜ合わせれば……ずっと飲みやすくなりますよ」
いやだいやだと駄々を捏ねた妹のサエラも、こうすればなんとか吐き出さずに飲むことが出来たのだと話せば「子供と同列に扱われているとはね……」とユーリスが渋った。
「本当かな? ――試しに君が飲んで、それから僕に飲ませてよ」
「む、仕方ないですね……」
口に含むと、舌を痺れさせる苦みが緩和され、上書きするように甘さが広がる。これならきっと、大丈夫だろう。
「ん」
顎を掴んでユーリスを仰のかせると、エリーシャは思い切りよくぶつけるように唇を重ねた。
口移しで流し込むと、目の前のユーリスが大きく目を見開いたのがわかった。
ふんわり甘くてじわり苦い紅茶の味が、エリーシャのもとからユーリスのもとへ移動する。流し込まれた液体を飲み込むために、喉が上下した。
「……まさかそう来るとはね。予想外だよ」
唇が離れた直後――至近距離で目にしたユーリスの表情には、微かな驚きが滲んでいる。エリーシャはぽかんとした。
「え……飲ませて、と、ユーリス様がおっしゃったではありませんか」
「確かに飲ませてほしかったけど。わざわざ口移しで飲ませてくれるとはね――くくっ、君も意外と情熱的じゃないか」
あ。
ああああああああああああああ、あ。
エリーシャは頭を抱えた。
どうせユーリスはキスをねだっているのだ、と勝手に勘違いをしていた。ただエリーシャが味見をしてから、飲ませて――その程度の意味でしかなかった言葉を曲解したようだった。
「は、恥ずかしすぎて穴に埋まりたい、とはまさにこのことですっ……!」
「君の言うとおり甘くて飲みやすいな。ふふ……君が望むなら返してあげようか。もちろん口移しでね」
「けっ、結構です!」
「あはは、君は本当に素直ないい子だね。君だけは僕を裏切らないだろう」
明るい笑い声が室内に響き渡る。
久しぶりに目にした婚約者の笑顔に、ぐちゃぐちゃに絡まっていた胸の中の靄がほどけていくような気がした。




