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22 暗闇の皇子

「誰か、聞こえますかー!」


 力いっぱい叫んではみたが返事はない。

 ヴェルテット宮殿の地下、貯蔵庫の隣にある倉庫と思しき部屋でエリーシャは途方に暮れていた。

 閉じ込められてずいぶんと時間が経ったような気がするものの、窓もないため正確な時間経過はわからない。持参していた蝋燭はとっくに燃え尽きていたが、倉庫の中から発見した大量の備蓄品の蝋燭に一本ずつ火を灯し、凌いでいた。

 ユーリスが持参した手燭は壁の定位置に、エリーシャの燭台で何か使えそうなものはないかと倉庫の中を探索する。燃え尽きそうになったら新しい蝋燭に火を灯す。その繰り返しだった。


「エリーシャ。いずれ使用人の誰かが貯蔵庫に物品を来るだろう、そのとき大声を上げればいいさ。無駄に動いて体力を浪費しない方がいい」

「わたしは比較的身体は頑丈な方ですが……この部屋はひどく寒いので、ユーリス様だけでも早く外に出す方法はないものでしょうか」


 ふ、と軽い笑い声が聞こえた気がした。


「あーあ、こんなことなら君が陛下に持参した羊の毛布をこっそり拝借すればよかった!」

「サフィルス宮殿に戻れば、ユーリス様の分もご用意がありますからね」

「そうか、それは嬉しいね――珍しいんだよ、陛下が……父上が、他人の心遣いに気付くのは。あって当然のことだと、あのひとは思っているから」


 吐き捨てるように口にしたユーリスは、自分自身の言葉に傷ついているように見えた。


「ねえエリー。もういいからさ、こっちにおいでよ。くっついていればお互いの体温ですこしはあたたかいだろう?」

「それも視野に入れますが、もう少しだけ……」

「……強情だな、君は」


 何か、何か役立つものはないか。せめて身体を温められるようなものは。テーブルクロス、古着、なんでもいい。積み上げられた雑多な家具や備品をひっくり返しながら何かないかと探しているうちに、箱を見つけた。

 厚みのない縦長の箱の中には、期待していたものの代わりに一枚の絵が入っていた。落胆し、片付ける前に何気なく描かれているものを眺める。

 描かれているのは二人の少年と、まだ二十代半ばと思しき男女だ。皆、面差しが似ていることからおそらく血縁関係にあると思われた。おそらくは家族なのだろう。誰かに似ているような――そう思った瞬間、息を呑んだ。


「赤い、眸……」

「エリーシャ?」


 ユーリスの声にはっとする。急いで絵を元どおり箱の中にしまって、ユーリスのもとに戻る。


「すみません、ユーリス様。めぼしいものは何も……」

「いいよ。ほらこっちにおいで」


 壁際に据えた蝋燭の炎のそばで、身体を寄せ合う。比較的あたたかな素材のドレスだからそこまで寒さは感じないが、ユーリスの顔色は悪かった。ジャケットもシャツも軽くて着心地は良いが薄手の素材だ。地下室の中にずっといるのは堪えるはずだ。

 

「ああ……君は暖かいな。毛布みたいだよ」

「何を言ってるんですか。わたしはそんなにむくむくじゃないですからね」


 氷のように冷たいユーリスの手を握って息を吐きかける。さすって熱を与え続けた。


「グルルを、ヴェルテット宮殿に連れて来ればあたたかかったかもですね」

「だからあの駄羊の毛を刈りなさいとあれほど……」

「ダメですっ、刈ると愛らしさが。いえ、丸裸になってもグルルは可愛いですけど! やっぱりだめです、抱き心地が悪くなるし」

「エリーシャの都合じゃないか。はは、笑わせないでよ、肋骨が痛くなる」


 咳き込む声が地下倉庫に響いた。室内全体が埃っぽく空気も悪いのだろう、これ以上長居をしていてはユーリスがたないかもしれない。

 このままではユーリスが死んでしまうかもしれない――。そうすれば、フォレノワール家の秘密を口外する者は誰もいなくなる。でも、それは……そんなのは。


「ユーリス様。あなたは、お兄さまにいなくなってほしいのですか?」

「何を馬鹿なことを……ああ、君は、僕がウィンダミア嬢と繋がっているのではないか、ということを聞きたいのかな――まったく。『取ってこい』とは言ったけど『考えろ』とは言っていないのに」


 ごほ、と喉を焼く痛みに顔をしかめ、ユーリスは唇をゆがめた。さきほどよりもずっと蒼白な顔になっている。エリーシャが背中をさすると、振り払った。


「いやになるな、この体質は……忌々しいよ。もっと僕が丈夫だったら、健康だったら。兄を倒して皇帝になるのもよかったかもね」

「もう何も喋らなくていいですから、身体を休ませて……」


 ゆるりと首を振った。


「もし、そんなことはないと信じてるけど……ここで僕が倒れたり、満足にものが考えられないような身になったとしたら。君が僕に代わって目的を果たしてほしい。《《絶対に、僕を皇帝にするな》》」

「ユーリス様!」

「兄さんは、立派なひとだ。僕がそばで支えてあげられたら、よかったけど、こんな身体じゃいつ死ぬともしれないし、ね。兄さんも、君のことを悪くは思っていないはずだよ――正しい道を、ジェスタ第一皇子殿下に歩ませてほしい。君の能力ちからを、貸してくれ」


 ふ、とそれきりユーリスは何も喋らなくなった。

 咄嗟に呼吸を確かめたが、胸が静かに上下しているのが見える。気を失っただけのようだ。エリーシャはドレスを脱いで、ユーリスに掛けた。下着姿になるとドア付近に行って、握った拳を扉に打ち付け続けた。

 血が滲んで、木製の扉が赤く染まる。


「誰か! 誰か来てください! ユーリス様がっ」


 エリーシャはドアを叩き、声を張り上げ続けた。

 いつまで経ってもサフィルス宮殿に戻らない、ユーリスとエリーシャを探しに訪れた使用人たちのひとりがヴェルテット宮殿の地下に足を踏み入れるまで、悲鳴のような叫びは薄暗い地下室の中に響いていた。


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